第九話 J,Dead Adventurer
最初に感じたのは己の血の熱さだった。
無数の怪物が、自分たちを取り囲んでいる。空は暗く、太陽は淡く光を落としている。
古代帝国の首都も今は見る影もなく廃墟となり果て、ひび割れた石畳に冒険者と魔物の死体が積み重なる。そして、自分もそのひとつになりつつあった。
自分はデレクと英雄たちの仲間――いいや、ただの敗残者だ。
帝国の奪還という大儀に酔いしれ、英雄になろうとしてここにいる。
デレクが手ずから、英雄の証だと言って、翡翠の――勝利を呼ぶ魔除けのついた剣を授けてくれたのが、破滅への第一歩だった。それを手にした自分は、物語の主役にでもなった気分でいたのだ。
無力感が全身を包んだ。わずかに嘲笑も混じっている――自分への。
怪物たちが迫っている。そこから先は何も考えることができず――
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自分はどこかの路地裏にいた。
仲間たちとともに迷宮を踏破し、多額の報酬を手にしたが、眼前に見知った男が武器を手にして立ちはだかっていた。
彼は迷宮に挑む前、戦闘能力の低さと協調性のなさを理由に、一方的に仲間から外した冒険者だった。
剣を手に、有り金を全部出せと言っている。名実ともに辻強盗だ。こちらも武器を手に応戦しようとするが、体が痺れてうまく動かない。
魔術ではなく毒のようだった。もしかすると直前に食べた宴会料理の中に、何かが仕込まれていたのかもしれなかった。いずれにしても、まともに戦うことはできそうにない。
なすすべもなく自分は、男に胸を貫かれて絶命した。
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自分はコルニスタンの盗賊だった。しかし組織内でヘマをしでかして追放され、辺境地の冒険者ギルドにもぐりこんで小銭を稼ぐ日々だ。
その日は砂漠の街道に出現する、毒を持った大蜥蜴を討伐する任務に当たっていた。
毒の体液に気をつければそれほどの強敵ではないが、この日は妙なことがあった。蜥蜴どもの数が多く、やたらと気が立っている。解毒の魔法薬は大目に持ってきたが、もはや底を尽きかけていた。
撤退するべきだったが、悪いことに仲間は自分も含め皆金に困っており、用心深さとは無縁の人種ばかりだった。
そのまま戦いを続けて蜥蜴を大方狩り終え、疲労困憊のところで絶望が現れた。
砂丘の向こうから、巨大なサンドワームが現れたのだ。
そういえば先日、上位の冒険者たちによって西のほうでサンドワームの巣が潰され、しかし一匹だけ取り逃した個体がいたとギルドで聞いたことを思い出した。
狩りたてられたワームがこちらに遁走し、そいつによって追われた蜥蜴たちもまた逃げ出していたのだ。
サンドワームは先日の戦いの際に傷を負っており、かなり気が立っている。
こいつが来る前に蜥蜴どもの様子を見て不審に思い、撤退すべきだったのだ。
後悔の念に駆られたまま冒険者の一団は、残らず押しつぶされるか呑まれるかして全滅した。
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自分はそうして、さまざまな冒険者の死を体験していた。
死ぬたびにそこまでの記憶は失われ、新たな誰かに成り果てる。
そして理由も分からず、死の直前に放り込まれ、呆気なく倒れる。その繰り返しだ。
災厄のさ中において無力に死んだこともあれば、新人が無謀な戦いに赴き死んだこともあった。
魔物ではなく同じ冒険者に不条理な死を与えられたことも少なくなかったし、逆に自分が民間人を害してその挙句逆襲されたこともあった。
事故死の数も半端ではなかった。落石、滑落、遭難しての餓死。獄中死や追い詰められての自死、盗賊に拉致されての拷問死、目立ちすぎて邪魔になったという理由で暗殺されたこともあった。
冒険とは、冒険者とは、なんと危険に満ちていることか。
それでも、自分がなる冒険者の数には限りがなかった。彼らはあらゆる時代、あらゆる場所に存在し、あらゆる年齢、身分、種族、動機の人々が、それぞれ異なる理由で冒険に身を投じていた。
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すでに何度目かも分からない冒険の途中、自分は突然思い出した。
自分はこれまで何度も死を繰り返していることを。今もまた死の間際にいることを――〈ビンゴ〉を討伐しようとしたが、不覚にも止めを刺すさいに石化の視線を浴びてしまった。手足はほぼ石になり、身動きが取れない――しかし、以前に石化の解除が得意な聖職者だったことがあるということを――あまたの冒険者から高額で雇われ増長したその人物は皮肉にも落石で即死した。
既に呼吸は止まりかけているが、体内のマナを使い、石化を解除することができた。
それが最初の生還だった。石になってしまった人間はしばらく経つと、体内のマナが枯渇し、そうなれば一環の終わりだからだ。この森林地帯に救助がくることはあまり期待できなかった。なにしろ自分はよそから来た嫌われ者だ。
しかし、今自分にはこれまで体験した冒険者たちの記憶と技能がある。これを生かせば――
そう思っていると、視界が暗転し、次の瞬間にはまったく異なる場所にいた。
目の前にいる戦士が言った。
「よし、これが初仕事だ新入り。せいぜい死ぬ気で挑めよ!」
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自分は繰りかえされる冒険に挑むことができるようになった。
確定した死を塗り替えるために、己の肉体と精神のすべてをもって臨む。
その後も何度も死を迎えたが、やがて死亡率は二割ほどにまで減少していた。
毒を負えば解毒の術を使い、魔力が尽きていれば、手持ちの素材を使うか周辺を探索し、薬をその場で調合した――無論間に合わないことも多く中毒死を繰り返したが、次第に毒に耐性ができ、余裕ができるようになった。
数千の魔物に囲まれて討たれた剣聖の技は、たいていの相手を一撃で葬り去った。
恐るべき竜をも、褥で愛人に暗殺された魔術師の力は打ち砕くことができた。
包囲された城からの脱出も、熟練の盗賊と暗殺者たちの記憶によって成し遂げることができた。
やがて自分は、冒険で死ぬことがなくなっていた。
恐らく、この世で最も強い冒険者に自分はなったのだと感じていた。
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冒険は唐突に終わりを告げる。
自分は何もない、白い空間にいた。
眼前には、道化の装束を纏った、赤い髪の少年がいた。
彼が誰かは分かっていた。多くの冒険者が死の間際にすがりつき、その名を呼んだ存在。
世界の最初に生まれ、すべてを産む混沌を作り出した存在。
混沌の神。狂える神。トリックスター。最初の双子の片割れ。世界に火を点けたもの。
「おめでとう、君は幾多の死を乗り越え、災厄を打ち倒した。七番目の勇者――未だ産まれぬ者よ。
君の献身の結果あれは消え、もはや解き放たれることはない。他の誰にも犠牲を生むことは無くなった。
この勝利を讃え、褒美に望むものをなんなりと与えようじゃないか」
少年は――ローギルは笑って、そう告げた。




