第七話 同時多発的出現
世界が切り替わる瞬間が存在する――夜から朝に、昼から夜に移り変わるわずかな時間。
夜明けと日暮れの薄明のさ中、世界に裂け目が現れる。
そこから世界そのものを切り替えるための力を取り出し、利用する手段がいくつか存在する。ある種の古い魔術や魔物。そして魔法具。ミルドレッドの剣もそのひとつだった。
今や彼女が握る剣は輝き、うろ穴と眼前の悪魔をまばゆく照らしていた。
悪魔が腕を振るった。破壊の魔力が篭められたそれをミルドレッドは容易くはじき、そのまま剣を返し、腕をほぼ切断した。悪魔が呻いたときにはすでに、流れるような動作で脚にも深い傷跡を穿った。
悪魔は反撃とばかりに全身から魔力を放つが、既に剣士は一瞬で数メートル離れた箇所へ退避していた。
剣の力が発現している間のミルドレッドは、冒険者内でも上位の実力だ。世界の裂け目が開くとき、彼女は竜だろうと屠れると豪語している。
困難な冒険へ赴くときはいつも薄明、それゆえに彼女はその二つ名で呼ばれる。
「脳か心臓を潰せばよいが、それらは高級品だ。傷つけずに確保したいところだが」
「難易度は高いな」背後から声がした。「わたしが代わろう」
そこにいたのは黒いサーコートを纏った仮面の人物だ。松明を持つミノタウロスの紋章。〈迷宮公社〉の一員だ。
「援軍とはありがたい」ミルドレッドは言った。「獲物は最後まで狩りたかったがな」
「帰りたまえ。要らぬ危険を冒す必要はないだろう」
その人物は声から女性らしいということしか判断できない。訛りのない共通語。声色は無感情で、生身の人間という感じはなかった。
「第一、すでに終わっている」
悪魔は通路の先で、金縛りに合ったように凍り付いていた。やがてその魔力が掻き消え、数秒で倒れてしまった。
戦闘などは存在せず、ただ勝手に死んだかのような結末だ。
「わたしは公社の〈路地裏の掃除屋〉。あの死骸は、あなたに譲ろう。わたしはこの先に、まだ悪魔がいないか調べる」
「ああ、無事を祈ろう」
ミルドレッドがそう言ったときにはすでに、〈掃除屋〉は姿を消している。
あまりにタイミングが良すぎた。悪魔の出現を知っていたかのように、彼女は突如姿を現した。そして悪魔を一撃で屠る謎の手段。まるで相手の魔力を全て吸い取ったかのようだった。
ミルドレッドは釈然としないまま、奥へと続く暗がりを見つめた。迷宮は静まり返っている。悪魔がほかにいるとしても、あの〈掃除屋〉に音もなく消されていくのだろう。
■
悪魔の出現は〈うろ穴〉だけではなかった。
他の迷宮でも同じように突然出現し、一部では地上にまで姿を現した。
そして、その大半を迷宮公社の者たちが屠り、その力を誇示した。
翌日、迷宮封鎖の前倒しを知らせるラジオ放送を、ジェイは〈硝子の月〉亭で聞いていた。頭首だという男性は、すでに迷宮の大半を確保し終わった、市民の皆さんには冷静な行動をお願いする、と落ち着いた声で伝えた。
冒険者たちの中には反発を強めるものもいたが大半は、悪魔が出るならもうやつらに任せたほうがいいんじゃねえのか、と漏らし、市民の多くは公社を英雄視し始めていた。
有力者たちも公社に対して好意的な声明を出している。皇帝も、帝国の新たなる力、と呼んで称えた。彼らの怪しさは有耶無耶にされるのだろうな、とヴィゴは力なく言った。
数日後、ダリルが釈放されて合流した。彼も迷宮公社の活躍を賛美し、悪魔なんて見たくもねぇさ、と言って、しばらくは簡単なおつかいで小銭を稼ぐ予定だと話した。




