第六話 うろ穴
「こうして迷宮に入れるのももうじき終わりだな。〈迷宮公社〉は本当に、つつがなく帝国じゅうの迷宮を封鎖できるつもりなんだろうか。まあ、そうなったらおれは街の外での討伐任務も視野に入れてるけどね。最悪、カルドランドへ移るという手もあるし」
ヴィゴは王国育ちの魔術師らしく、魔法には多少自信があるようだ。ジェイは〈うろ穴〉へ移動する間、彼に魔術の理論的な説明を求めた。多くの冒険者は直感的に使うだけだ。専門家に会う機会があれば、素人にでも分かるような簡単な話でもいいから、聞いておきたいとジェイは考えていた。
「魔法の使い方は大きく分けて三つだ。まず古典的な、世界に存在するマナを取り込んで使う方法。これの欠点は、取り込むのにも技術が要るということ、そして時間がかかること。熟達するに従って必要な時間は縮まるけど、それでも一呼吸は置く必要がある。
次に、自分の体内のマナを使う方法。これはマナを取り込む技術も手間も必要ないけど、欠乏症になるリスクがある。もちろん、自分の限界を把握している人や〈溺れ谷のフィオナ〉みたいな化け物じみた魔力の持ち主には要らない心配だけど。
最後のひとつは帝国人にはお馴染みの、エーテルを使った魔法だ。エーテルはあらゆる力の代替物たりえる、マナに対しても然り。欠点は、供給塔か携帯式の馬鹿でかい魔道具がないと使えないって点だな。アデレード殿下の進めている帝国改造計画が成功した暁には、国内では心配なしに使えるようになるだろうけど、それが本当に成功するかどうか分からないし、テクノロジーのために人間の技術が失われるのは、おれは危険なことだと思うけどね。
有名な話だけど、体内の魔力器官は使わないと簡単に弱っていくんだ。もし国じゅうにエーテル網が張り巡らされて、誰もが帝国式の魔術を使うようになったとする。そこで全部の供給塔が機能しなくなったら? 何もできなくなってしまうんじゃないか? そのタイミングで銃で武装したテロリストなんかが蜂起したらコトだとおれは思うけど、帝国人の大半はそんな心配はしていないようだ」
一理あるとジェイは思った。もっとも帝国軍では魔法銃だけでなく火薬式の重火器も常備してあるので、一国が制圧されるようなことはさすがにないはずだ。もちろんエーテル式のものに比べて数は多くないし、反動を嫌ってほとんどの冒険者は魔法銃を使う。魔導機械の更なる発展は望むところだが、その依存度が高まるにつれて、停止した際の混乱が大きくなるのは間違いないだろう。
話しているうちに迷宮の入り口に到着した。近年、帝都にはいくつかの迷宮が開いており、大規模なものも複数含まれる。これまでも小さく危険度の低いものはいくつかあったが、最近は〈モトリーウォール〉のような大型のものも現れ始めた。支持者によればだからこそ、〈迷宮公社〉が必要というわけだ。
しかしヴィゴの言うとおり、帝国は一枚岩ではなく多数の権力が存在する。皇帝の独裁ではなく、議員たちからなる元老院が大きな力を持つし、シティエルフの商会、ダガス教会、エーテル精製や魔導機械の管理をする魔導局、そして古くからの財閥・軍閥、大貴族。アデレード皇女がいかに有能でも、彼らすべてを支配化に置くのは難しそうに思えた。
迷宮の入り口は帝国軍の兵士が固めている。ジェイたちは身分証を見せて、犯罪歴や装備をチェックされてから中に入った。
内部は枯れた樹のような壁で覆われている。カビ臭さが充満し、じめじめとしている。ヴィゴは大型のナメクジの粘液がいくらか欲しいということだった。彼は杖を手にして、足音を消す魔術を自分たちにかけた。
「この場所での探索は下水道の掃除と同じようなもんだろう? 早いところおさらばしたいものだ」
大型の昆虫を数匹倒し、目的のナメクジを見つけるとヴィゴは麻痺の術を使い、手際よく粘液を採取する。その後術を強化するだけで、ナメクジは呆気なく息絶えた。
「おれがもっとも得意なのは、生物の体の機能を麻痺させる術だ。使うのは一瞬でいい。相手が虫けらなら、椅子から立ち上がるのと同じくらいの力で駆除できる。叩き潰してもいいが、無駄に汁を被るのは趣味じゃないからな」
ジェイも同意見で、ひたすら銃で魔力を撃ち出し命中させていた。百発百中なのは〈眼〉を用いているからだ。すばやく駆け回る虫が一瞬後に、どこへ移動するかが手に取るように分かる。
粘液の採取が終わるころ、一人の冒険者が入ってきた。ミルドレッドだった。
「あんたがここに向かったと受付に聞いて、様子を見に来たんだ。私もここに用がある。だがヴィゴと一緒なら要らぬ心配だったかな」
「ジェイは一人でも余裕だよ。さすがは王国の冒険者だ」ヴィゴは彼を見ながら言って、ミルドレッドのほうを向き、「あなたも粘液を採りに?」
「ああ、最近需要が急増しているからな。喉の病気が東のほうで流行しているらしい、その薬の材料になるそうだ――液をそのまま飲むわけではないとはいえ、含まれているというだけで飲むのは遠慮したいところだが――それでこの辺りのギルドでも確保の依頼が増えている」
とはいえこの迷宮には冒険者の姿は多くなかった。大部分の冒険者は、そこらの下水道か路地裏のゴミ捨て場、ドブ川のほとりなどを探すからだ。そこいらのナメクジは迷宮のものより小型で、もちろん摂れる粘液も少ない。ミルドレッドやヴィゴのように、ある程度の実力がある者はここを選択する。
「さて、私も獲物を探すとするか。幸い、時刻もそろそろ夕暮れ、我が魔剣が輝く時だ」
「もうそんなに時間が経っていたか、じゃあジェイ、今日はこれくらいに――」
ヴィゴがそう言ったとき、ジェイの〈眼〉にある物が移った。明確に危険な赤い光だ。危ないと思う前に、反射的に飛びのいていた。
ジェイの立っていた場所が焼け焦げていた。迷宮の通路の奥から、巨大な姿が現れる。
「馬鹿な、こんな浅い階層にあれが――」
ヴィゴが焦燥を含んだ声で言った。三メートル半ほどの体躯、巨大な角。黒い皮膜の翼。そしてどす黒いマナ。
悪魔だ。魔界の生息者。迷宮の深部から出てこないとされる怪物が、眼前に現れた。
熟練の冒険者パーティでも討伐は難しいとされ、おまけに竜と違い彼らは隠れ潜むことと痛めつけることを好む。ジェイたちにとっては絶望的な状況だ。
再び、それの口が開き赤い光が放たれるが、剣の一閃でかき消された。
「二人は入り口の衛兵に知らせろ。こいつは私が抑える」
ミルドレッドが魔剣を抜いていた。幅の広い刃――そこには不自然な裂け目が斜めに走っている。そのせいで容易く折れてしまいそうな剣はしかし、力強く輝いている。剣士は口元に笑みを浮かべ、悪魔に言い放つ。
「我が〈裂け目の刃〉の力、貴様に見せてやろう」




