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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第六章 七番目の勇者
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第五話 雷神の聖堂

 受付はレナーデと同じシティエルフで、愛想は良かったがかなり帝国訛りがきつかった。彼女はここから路面列車で二駅行ったところにある迷宮を薦めた。目ぼしい財宝はすでにないが、新しいものが出現している可能性もなくはないし、そこにいる魔物を倒せば金になる素材が確保できるかもしれないとのことだ。少なくとも上のほうの階層なら、カルドランドの冒険者であるジェイなら危険もないだろうという。ただ、下のほうが魔界と繋がっている恐れがあるので、軽々に立ち入るのはやめておくべきだ、と受付のエルフは忠告した。


 魔界に関しては未だに謎だらけだ。すべての迷宮は、魔界がこの世界に接続しようとしたときの先触れであるらしいということ。おおよそ人族が生存できる環境ではないこと。時折魔界への穴が迷宮に開き、そこから恐ろしい魔物があふれること。魔界の住人であるはずの魔人(フィーンド)たちが固く口を閉ざしている以上、分かっているのはそのくらいだ。


 魔人たちは数千年前、最初にコルニスタンに現れた。彼らは己の楽しみや使命のためだけに生きている。老いることはなく、そう簡単に死ぬことはない。もし死に至ったり例え石になっても、死体はいつの間にか消失し、どこか別の場所に現れるらしい。魔界の主、邪悪なる神ダールが神々の戦いの折に生み出した兵士であるが、やがてこの神に反旗を翻したのだという伝説について尋ねても、彼らは意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。


 ジェイは受付のエルフに礼を告げ、路面列車の駅を目指した。帝都には何本もの路線が張り巡らされ、地下から遥かな高所までを走っている。列車で行けない場所は皇帝の寝室くらいだと言われるくらいだ。


 最寄り駅は図書館前にあった。程なくして到着した列車に乗り込む。車内は新聞紙や空き缶などが散乱している。客はそう多くない。目指すのはソリス聖堂前の駅だ。


 ソリスはトランサルム発祥の雷神で、船乗りや海賊が海神ヴァトノーラとともに信仰していることが多い。

 聖堂を築いたのは数代前の皇帝、〈雷帝〉ことトリスタン三世で、雷神は帝国の主神であるダガスと兄弟であるという古い説を引き合いに出して、その建造を民衆に認めさせた。トランサルム公の娘を母に持つ彼は雷に縁のある人物で、誕生日、即位の日、結婚式、崩御の日、すべて激しい雷雨だった。それ以来帝国では雨男とは縁起のよいものであるということになったそうで、雷雨の日に生まれた男児にはトリスタンと名づけるのが流行となったらしい。


 ジェイが所属していたバーナビー村の村長もトリスタンという名前で、この老人は自分が生まれてから村で旱害が起きたことはないと言っていたが果たして本当だろうか。


 そんなことを考えているうちに、くだんの聖堂の前に着いた。建物は石造りの立派なもので、正面には聖堂そのものとほぼ同じ、十階建てのビルほどのソリスの像が堂々と立っている。屈強な老戦士の姿で、長い髭は嵐雲のように渦巻いている。近所の親はきっと子供が悪さをするたびに、「良い子にしてないとソリス様が雷を落としちまうよ」と脅かしているのだろう。


 ジェイは典型的王国人としてローギルの信者だが、それほど熱心というわけではなく、何かを始めるときに「混沌がよき方へ転びますように」とつぶやく程度だ。しかし彼は信仰心と別に、大聖堂から小さな礼拝堂まで、神殿を訪れるのが好きだった。その荘厳、静謐な雰囲気に惹かれるのだ。だから、このソリスの寺院内を一回りしようとしたが、正面の大扉は閉鎖されているらしい。どこから入ればいいのかと辺りを見回していると、白い髪の男が話しかけてきた。銀縁の丸眼鏡をかけた、魔術師らしい人物だ――外套付の装束を纏い、腰には杖を下げている。


「やあ君、入り口が分からないのか? この大扉は一般入り口じゃないんだ、紛らわしいけど。なんでもソリス神が出入りするためのもので、下々の者のためには普段開放されてないんだよ、おれたちは脇の入り口から出入りする形になる」


「そうなんですか、僕は外国人でして、知りませんでした」


「まあ確かに不親切ではあるな。年に何度かの祝日のときくらいだよ、ここが開け放たれるのは。おれも中に用があるんだ、案内するよ」


 彼はヴィゴ・ストームと名乗った。白い髪も姓名もトランサルム人のものだが、彼には訛りがなく、王国人のように喋った。それを尋ねると、


「ああ、おれは公国の出だが訳あって小さいころカルドランドで暮らしていたんだよ。成人してからこっちの大学に通って、今は研究職だ。収入が少ないので副業として冒険者みたいなことをやっている。今も、祝福された聖水を手に入れるお使いの最中さ」


 脇の勝手口のようなドアを開けて、二人は中へ入った。

 聖堂内の空気は不思議なことに、雨の匂いがした。数人の信者が祈りを捧げていたり、司祭と何かを話したりしている。

 ヴィゴは手の空いている聖職者に話して、コイン数枚を渡すと瓶に入った聖水を受け取った。


「これでおれの用は済んだ。ジェイはここに何しに? 懺悔でもしに来たのか?」


「いえ、ただこういった聖堂を訪ねるのが好きなだけです。いささか不信心でしょうか」


「そうでもないよ、商売人じみたアシュウの司祭や、グランクローシェ・ダガス教会の組員(ギャング)どもに君の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。この国の教会も近年はそういう方向に進みつつあるし。聖水や治癒の代金も徐々につり上がっている。聖職者も変なのが多くなってきたしな。ジェイもこの辺のギルドで、イアンって野郎を見なかったか? 僧侶なのに屍術に手を出して破門されたやつだ。ことあるごとに、ジークの署名入りとかいう魔道書を自慢してくるやつさ」


 迷宮で出会ったレナーデとベネディクトが、確かその人物について話していたはずだ。


「噂は聞いたって? ああ、あいつには話しかけないほうがいいだろうな、やたらと自慢話の長い男だ……迷宮って言えば、おれはこれから〈うろ穴(ホロウ)〉へ素材を探しに潜るけどジェイも来るか? 浅い階層をうろつくだけだから危険はないだろうけど、二人のほうが安全だからな」


 その場所は自分がこれから行こうと思っていた場所だ。ジェイは二つ返事で、ヴィゴと同行することにした。

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