第五話 魔剣
中庭はテニスコートほどの広さで、人型の模型や的が申し訳程度にあるだけだ。一本だけ生えている木の根元に腰掛けて、空を見ながらピザを齧っている少年がいた。
その耳は犬のそれのように変形しているのを見て、ジェイは彼が獣人だと分かった。ノヴィレグナにも数は少ないが、獣人は生まれる。彼らは卓越した身体能力を持つので、基本的にスポーツ選手にはなれない。軍人や警官、そして冒険者になることが多いが、本場であるカルドランド王国へ早々に移ってしまうことが多い。彼らにしてみれば帝国での仕事はまさに、塩抜きのスープのようにしか感じられないのだろう。
犬耳の少年はこちらに気づくと、手を挙げて挨拶した。ジェイは自分の身の上を簡単に説明する。少年はルイスと名乗った。ローブを纏っており、どうやら魔法使いらしい。ジェイは獣人は身体能力を生かした荒々しい戦いをするとイメージしていたが、彼は付与魔法でそれをさらに強化するスタイルなのだろうか。
「いやー、不幸中の幸いって感じだね、その魔法剣。それがなければ帝国人のあなたはここじゃ通用しなかっただろうね」ルイスは率直にそう言う。「帝国の仕事はだいたい、魔物とは名ばかりの小動物の駆除でしょう。それじゃ〈冒険〉とは言えないよ。だのに向こうの人はやたらと、『オレは冒険してるぞ』ってアピールするじゃない。あなたは違うようだけれど、前に来た人はひどかったんだよ」
それはオルテンシアの前の相棒のことらしい。彼女の目がまた鋭くなっていった。
「ああ、ルーの言うとおり、向こうの人間は自分の功績をやたらとでかくしたがるんだ。大法螺ばかり見せびらかして。あの馬鹿ときたら……いや、それより今はお前の剣だな。そこらの石から始めよう」
そう言って握りこぶしほどの石を拾うと、「ジェイ、今からこいつを投げるから、その剣で斬ってどこかへ飛ばせ。ジャンプ先は今は気にしなくていいだろう、最悪そこらの誰かの朝食が台無しになるかも知れないが、テストするのが先だ」
「いや姉さん、地面に置いたまんまじゃあだめかい? あいにく野球はやったことがねえんだ」
「何だと? まさか私がデュラハンズのビッグ・ジョニーのごとく百六十キロで投げるとでも思っているのか? 放り投げるだけだぞ、共有魔剣術はどうした?」
基本の型はいけるけどエーテル供給がないので身体能力がかなり落ちている恐れが、などとジェイが言い始めたので、オルテンシアは地面に石を戻した。
「じゃあ魔力を流し込め。エーテル供給なし、マナ取り込みなしとはいえ、体内に多少はあるだろう? にわか雨程度のなけなしのやつがな」
あまりやったことはないが、ジェイは意を決して剣に体内の魔力を注いだ。刃が青白く輝くだす。いい感じだ。
そして、上から石を突くと、火に大量の水をかけたような音とともに石は消失した。
まずは問題なしだ、とオルテンシアは評した。ルイスが、庭の隅で石を見つけた。わずかな傷以外は損傷がない。
オルテンシアは、やはりこれは魔力量に比例して遠くにものをジャンプさせるのだ、と分析する。最初出会ったときはジェイが魔力制御を失敗し、大量に送り込んだためにこの地へまでも転移したのだと考えたが、本人には到底そのポテンシャルはない。だが、考え方は間違っていなかった。恐らくこの剣は、供給塔から大量のエーテルを引き出し、遥かな距離を移動させたのだろう。
この魔剣を制御できれば、相手の魔力や武器を奪う武器として活用させられるかもしれないし、肉体の一部を飛ばせば致命的な傷を問答無用で与えられるだろう。
それからしばらく剣のテストを行った。地面を何度か斬って、どれほどの量の土を跳ばせるかを試したのだ。中庭のあちこちにごく小規模な土くれの山が出来上がった。ジェイは魔力欠乏で少しばかりふらついている。
「なるほどねー、その気になればある程度、刃の周囲も巻き込んでジャンプさせられるみたいだ。事実上なんでも斬れる剣というわけだね。便利な武器だ、たぶん制御できるようになれば、跳ばせる範囲も広がるだろうね。ジェイしか使えないのは逆に良かったと思うよ。姉さんとか僕が最大出力で使ったらえらいことになる」
頷きながらオルテンシアも、お前ではなく悪意ある人間か、お前よりさらに稚拙な魔剣士が拾っていたら今頃帝都は大混乱だったろうな、と評した。