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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第五章 迷宮の虜
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第九話 洞穴を這いずるもの

 サーコートには松明を手にしたミノタウロスの紋章が描かれている。

 どこぞのクランの人間だろうか。この紋章は見たことはない。といってもイザベルも帝国のクランには疎く、新興のものも多い。

 迷宮公社の封鎖予告を受けて、他の冒険者たちのようにここへ入り込んだのだろう。


 相手の顔は兜のために窺い知れない。性別も種族も不明だ。


「こんにちは。あなたがたは今から帰還するところだろうか?」


 低い男の声だった。訛りはなく、極めて標準的なアクセントの共通語だ。


「ええ、転移で王国からここに放り込まれて脱出するところよ」


「転移? ああ、〈薄明〉が遭遇したという囚人か。それは災難だった。わたしは迷宮公社の者だ」


「封鎖はまだ先のはずじゃないんですか」


 ジェイがそう言うと男は首肯し、


「そうだが、わたしはいわば下見で来ているのだ。この場所(モトリーウォール)は色々と特殊で、厄介な迷宮だからな」


「あなたは帝国人なのかしら? 迷宮公社はどこからあなたを引き抜いたのか、気になるわねぇ」


 イザベルが単刀直入に聞いた。冒険者間で相手のことを根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だ。しかし男は嫌がる様子もなく対応する。


「それについては答えることはできないな。契約による守秘義務があるからだ。言えるのは名前だけ、わたしは〈洞穴を這いずるもの(ケイヴクロウラー)〉と呼ばれている」


 男はコード・ネーム以外について明かすつもりはなさそうだった。

 ジェイは彼をじっと見る。化け物の姿には見えなかったが、ただの人間でもない気がした。


 クロウラーが兜の内側の目でジェイを見返す。

 その瞬間、彼の体が散らばった――多数のページ。ジェイの目にはそんな映像が映った。

 あふれ出る本のページは洪水のようにすべてを覆い隠す。


 その奥底に、ある光景が浮かび上がった。

 竜の群れ。それも、空を埋め尽くすほどの――


 気がつくとジェイは、イザベルに肩を掴まれていた。すでにクロウラーはいない。


「どうしたのよジェイ、大丈夫? ぼーっとして」


「ああ……あの男は?」


「行っちゃったわよ、何だったのかしら。胡散臭い感じだったわねぇ」


 ダリルはクロウラーが去ったであろう方角をしばらく見てから、

「ジェイ、あいつを観たんだろう。何が見えた?」


「怪物には見えませんでした。だけど、彼の体から無数のページがあふれ出て、それから、ものすごい数の竜が空を多い尽くす映像が見えました」


「なんだそりゃ。竜が空を覆うといえば――」


 第五次災厄。二百年ほど前、フィルベルグで起こった竜の大量発生。

 ドヴェルの勇者、石のアルヴィスが竜の王を倒すまで、北の地は数多の竜で蹂躙された。

 あの映像が何を意味しているのかは分からなかったが、どうやら迷宮公社には巷で囁かれている以上に秘密がありそうだ。


   ■


 その人物は一見細身に見えたが、近くで見ればよく引き締まった体と、獲物を狙う肉食獣のような目で、危険な男だということがすぐに分かる。


 エルフの冒険者、閑古鳥のアノーリン。数多くの迷宮で、彼は最も重要な品を掠め取っていく。

 その後には大した財宝はなく、冒険者は去っていってしまうがために揶揄半分で付いた二つ名だ。


 今回も見つけ出したいくつかの魔具を、大容量収納の魔術のかかった背嚢へ仕舞い込み、そろそろ脱出の頃合か、といったところでそいつは現れた。

 黒いサーコートの男だ。前触れもなく眼前に出現したが、迷宮による転移ではない。その場合、空間に穴が開くからだ。


「誰だいあんた。見たことがない紋章だな」


「わたしは〈洞穴を這いずるもの(ケイヴクロウラー)〉、迷宮公社の先遣隊だ。今回は下見に来ただけで、封鎖はまだだから安心したまえ」


 これまで会った冒険者たちにしたのと同じ自己紹介だ。しかし最下層部にいたこのエルフは、クロウラーに対し敵意のこもった目を向ける。


「あんたがそうか。いきなり迷宮からオレたちを締め出そうって輩は」


「なにとぞ協力をしていただきたい。帝国は未曾有の危機に瀕しているのだ。これから先、さらに国内で怪異が頻発する恐れがある。それに抗するためには国の管理の下、迷宮から新たな力を掘り当てる必要があるのだ。君にも理解できるだろう」


「できやしねえな」


 アノーリンが威圧的に言うが、クロウラーは臆するでもなく淡々と続ける。


「例えそうだとしても、封鎖されれば以後侵入は違法となる。今のうちに探索に励みたまえ」


 立ち去ろうとするクロウラーに対し、エルフの探索者は手を向けた。

 凝縮されたマナが放たれ、即座に相手を拘束する。

 当の被害者はしかし、相変わらず淡々とした口ぶりで言う。


「これは犯罪行為だぞ? ここでの探索は未だ許可されているが、さすがに他の探索者をわけもなく拘束するなど」


「そのツラを拝ませてもらうだけだ」アノーリンは男に近づく。「得体の知れないお前らが何者か、白日の下に晒してやるのさ」


 クロウラーは興味深そうに呟く。

「なるほど。まあ、頭首が予想していた通りだな。しかしここまで露骨に仕掛けてくるとは思わなかったよ。やはり冒険者、とかく迷宮潜りとは、かくも社会常識から乖離しているものだとは」


 アノーリンの手が兜に触れた瞬間、彼はモトリーウォールにはいなかった。

 どこかの洞窟、その出口付近にいるようだった。


「実は君を公社に加えようという話は出ていたんだ。だけどさすがに現役ではまずいということになってね。わたしのように、それなりの時間が経過(・・・・・・・・・・)している者でなくては」


 どこからか、クロウラーの声だけが響く。

 アノーリンは困惑しつつも、足早に出口に向かった。

 何の前触れもないが、転移の魔術で反撃されたのだろうか。


「いいや、違う。君はわたしの〈物語〉の中に取り込まれたのだ。君だけではない。今後我々の――頭首とアデレード殿下の、帝国復興の妨げとなるものは皆」


 洞窟の外は、乾いた砂と燃え殻の臭いがした。

 アノーリンは空を仰ぎ、絶叫する。


 無数の竜が、空を多い尽くすほどに飛んでいた。

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