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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第五章 迷宮の虜
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第八話 ダリルの試練

 クロムウェルの祝祭の騒乱が響く大通りから一本入れば、薄暗い路地が広がっている。

 ダガーピークが南方半島との公益拠点であるように、この都市もまた帝国とカルドランドの交差路だ。合法的なものだけではなく後ろ暗い人々や数々の密輸品が、暗黒街と闇市場へ行き来する。


 この街は格別に紛れ込みやすい。観光客がいつも押し寄せ、誰が何をしていても、舞い散る花びらと楽隊の音楽がかき消してしまう。

 帝国の国境付近で活動する盗賊ギルドもまた、ひっそりとこの地を拠点としていた。


 薄暗い地下市場の奥に秘密の扉があった。普段なら下っ端がいける場所は限られているがダリルはこの日、幹部ソフィア・ゲイルに呼び出されていた。

 この老婆はかつて名うての盗賊であったが今は引退し、相談役に落ち着いた。一見胡散臭い占い師で、サライドの老魔女のようないでたちだ。

 奇妙な甘い香が焚かれる一室にダリルが入ると、安楽椅子に腰掛けた老婆はしわがれた声で笑った。


「来おったか、ダリル。お前が我がギルドの一員となってだいぶ過ぎたな。お前は間の抜けたところもあるが、真面目な男だ」


「ああ、俺は自他共に認める真面目な盗っ人(・・・・・・・)さ。それで婆さん、今日は何の用だい。金運悪し、の警告をくれるつもりなら手遅れさ。既に昨晩カード博打で大負けしちまったからな」


「何、お前の昇格についてさ。もう少し重要なシマを任せてもよい頃合と、私たちは考えていてな」


「ほう」


 ダリルは素直に喜びをあらわにはしなかった。何かある。


「それに当たってひとつ試練を受けてもらおう。とはいえごく簡単なもので、今更お前の力を確かめるものではない」少しばかりダリルが身構えたのを見て、安心させるようにソフィアは言う。「我らが見たいのは、お前の運命だからね」


「運命だって? 水晶球でも覗くのかい」


「似たようなものさ。占いというのはカードや水晶球でしかできないわけじゃない。コーヒーや獣の骨、そして十字路のざわめきなんかでもできるのさ。今からお前をバーナビー村の少し先まで送る。そこからこの場所へ帰ってくるんだ」


「その間に何かを手に入れりゃいいのかい?」


「そうしたきゃすればいいさ、ただそれは試練の結果には関係ない。戻ってさえ来れば、合格さね。それまでに何が起こるか、それでお前の今後の運命は分かるだろう。ただし資金は支給しないから、それは自分で稼ぐようにな」


 わけが分からぬまま、ダリルは監督役とともに出発した。


   ■


「おい、クソったれ帝国野郎(インプ)、よくも私から掠め取ろうなんて思ったな?」


 エルフの女はすさまじい力でダリルの腕を締め上げる。

 こんなはずではなかった。この人物はか弱く、隙だらけのカモのはずだった。

 懐からコインをいくらか頂戴しようとしただけだ。しかし、見事なまでに獲物の見極めに失敗した。巧妙に実力を隠していたのだ。


 どうやらこの女は、かなり上位の冒険者らしかった。


「私の故郷はラエルの中でも危険な場所だ、そこには数多くの蟲と獣と植物が生息する――その全てが有毒だ。そしてこの私もな。お前にとっておきの劇薬を飲ませてやってもいいぞ、こそ泥。どうした? 帝国人はこんなときに言うべき決まり文句があるだろう?」


 痛みに呻くダリルは、搾り出すようにそれを口にする。


「なんてこった(ジョリー・ラッツ)」


「そう、それだ、ネズミ(ラッツ)がどうしたか知らんが、お前はこれからとても上機嫌(ジョリー)ではいられないぞ、間抜け。今から最悪な目に合ってもらう――のもいいが」エルフはしかめ面で言う。「かつての私ならいざしらず、今の私はちょっとした地位だ。私刑は楽しいものだが、品格を損ないかねん。たとえ相手がドブネズミ野郎だとしてもな。慈悲をくれてやる。もちろん保安官には引き渡すがな」


 どうやら最悪の事態は避けられたようだ。駆けつけた保安官は、エルフの冒険者を見て何やら驚きの表情を浮かべた。


「あ、あなたはまさかフェルネストの……オル――」


「私は誰かなど気にするな、こそ泥をブタ箱へぶち込むんだ。ああ、そうだ。これから私の手が滑る(・・・・・・)が、それも見なかったことにしろ」


 そして冒険者の拳を浴び、ダリルは昏倒した。


   ■


「ジェイ、俺が何を言いたいか分かるかい」


 森林の中に通った階段を登りながらダリルはそう問うた。少年は首を振る。


「お前さんが本当にハルミナの加護を受けた魔眼の持ち主なら、まさしく俺の幸運の始まりを象徴しているってわけだ」


 前を歩いていたイザベルが呆れ顔で振り返る。気にすることなくダリルは、

「ジェイ、俺とともに盗賊ギルドへ――」


 少年は即座に答えた。「お断りします」


 しばしダリルが熱心な勧誘を続けたが、ジェイは正当な冒険者として活動していきたいと譲らなかった。

 押し問答を続ける二人を尻目に歩くイザベル。

 ふと、何か妙な香りがした。


 それは乾いた砂と、燃え殻の臭いだ。

 またぞろ、王国から何かが転移してきたのだろうか。


 前触れはなかった。黒いサーコートの人物が、影のように眼前に立っていた。

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