第三話 開錠
うちは辺境貴族だからそこまでひどくはないわよ、と故国の悪評を否定せず、イザベルはジェイの自己紹介を求めた。
「僕はしがない新人冒険者ですよ、罪状は傷害、同じギルドの冒険者をちょっと斬ってしまった……みたいです」
「しがない冒険者にしちゃ残虐ねぇ、人畜無害そうな顔して。何かわけがあるのかしら?」
イザベルの言葉を首肯し、ジェイは説明を始めた。
前々から絡んでくる、どこの支部にもいるであろう嫌味ったらしい先輩がいた。しかし、いずれ自分が成長して見返せば静かになると耐えてきた。
ある日、いつものように支部で薬草収集の報告をしていると、突如入り口から見たこともない怪物が姿を見せた。
〈赤羽根〉――オーガにも似ているがより小さく、口からは涎を垂らし両目はぎらぎらと残虐そうに光っている。
慌てて斬りつけると、他の冒険者たちに取り押さえられ、そのまま牢に入れられた。
怪物に見えたのは、例の嫌な先輩だったのだ。
きっと幻覚の魔術をかけられたのだと主張したが、その痕跡は検出されず、普段の態度に対して怒りが爆発、突発的に狼藉に及んだとみなされてしまった。
「何あなた、クスリでもやってたのかしら? 竜塵でもキメて優雅な午後のひと時?」
「やってませんよ。薬物検査もされたけど、シロでしたし」
「だけどそりゃマズいな、目撃者多数、動機もある。本当に化け物に見えたってのかい?」
「神々に誓って嘘は言っていません」
真剣な顔のジェイを見て、イザベルはしばし黙考する。
「ジェイ、〈伊達者〉って魔物を知ってる?」
「ええ、姿と記憶を奪う怪物ですよね。もう百年近く発見されていない希少種だそうですが、それが何か」
「そいつほど精巧じゃないけど、人に化ける怪物は他にもいるのよねぇ。あなたが見たっていう〈赤羽根〉みたいなの、全身が生白くて顔にヒビみたいな紋様が走っていなかった?」
ジェイは目を見開いた。まさにその通りだったのだ。
「そいつは〈グリムの右腕〉っていう〈赤羽根〉の亜種で、めちゃくちゃレアだから最近の冒険者はあんまり知らないかもねぇ。殺した相手の心臓を食って化ける魔物よ。つまり、あなただけがそいつの変身を見抜いた、って考えられないかしら?」
かなり奇妙なことだった。そして、仮にそいつが人に化けてギルド内に潜んでいるのなら、今頃別の被害者が出ているのではないか。
「あなたが行動に及んだために誰か怪しんだかも、そして調べてみたら人間に化ける魔物を発見、無事討伐、ってなってればいいけれど。まあ、ここにいるあたしたちにはどうしようもないわねぇ」
ダリルもその言葉に頷いて言う、
「村のギルドのポテンシャルが試されるときってわけだな。お前に本当に妙な力があるなら、この先損にはならねぇだろ、また支部内で刃傷沙汰に及ばなきゃな。ま、とにかく今はこの迷宮探索のことを考えねぇとな。ジェイ、迷宮に潜った経験は?」
「訓練用の放棄された迷宮になら何度か。これだけの規模のはありませんね」
もちろんそうだろう。名の知られたクランの一員であるイザベルですら、これほど広大な迷宮には初めて臨む。
「まずはこの拘束を解かないといけないわね。厄介なことにあたしのは硬化と反腐食の魔術がいくつもかかってるのよねぇ。あなたも大変そうじゃない、ダリル?」
「ああ、こそ泥にゃもったいねぇ魔封印だ、平和すぎて使う機会が無かったのを放出したのかね」
彼の手枷は魔封の処理が施されたもので、もちろん強度も底上げされている。
まず思いつくのはこの先魔物と戦うときこれを盾としあわよくば破壊、という手法だけど、もちろん危険すぎるわねぇ、とイザベルは自分で却下する。
「魔術を使わずに物理的に開錠すればいいのではないですか。見たところそこまで複雑な錠ではないように思えます」
ジェイは周囲を見回した。三人が転移した部屋は集合住宅の一室のようだ、建物全体が横向きなので床ではなく壁紙がボロボロになっている壁面上にいる。片隅に壊れた戸棚があるのを見つけて、ジェイは近づいた。
「どうやら、これでいけるかも知れませんよ」
古びた釘を一本引き抜いて、ジェイはダリルに近づいた。手を拘束されたままで、彼の枷の鍵穴にそれを差込み、一分しないうちにかちりと音を立てて両手が解き放たれた。
「おい、どうなってんだいこれは。あんた新人ってはずだろ? ずいぶんと手先が器用だな?」
「冒険者になるために両親に教育されただけですよ、これくらいできて損はない、って」
ジェイはそう、こともなげに答えた。




