第二話 自己紹介
「あたしはイザベル・ド・トゥールエスト、〈黄金の血〉の団員よ。狼の獣人にして落日級吸血鬼。以後お見知りおきを」
そうして優雅な礼をしようとするが、手枷のせいで様にはならなかった。
「トゥールエスト伯のご息女ってわけかい? 〈黄金の血〉に獣人がいるっつう話は聞いたことがあったが」
三番が呟いた。ジェイが聞きなれない単語の詳細を求めるように彼を見ると、即座に補足してくれた。
「彼女はグランクローシェの貴族令嬢さ、ソルフォールとの国境地域を治めてる伯爵家のな。〈黄金の血〉ってのはダガーピークの冒険者クランで、吸血鬼だけで構成されてる。妙な嗜好を持ったやつらだけでな」
グランクローシェは長年、隣国の吸血鬼と戦い続けてきた、国内では屍術と吸血鬼は厳しく取り締まられ、それらに関連した書物や魔法具を所持しているだけで罪に問われる――とジェイは知っていた。東の国境を治める貴族ともなれば、いわば吸血鬼狩りの家系。その娘が吸血鬼となって王国で冒険者をしている。勘当、国外追放という言葉がジェイの頭に浮かんだ。
「あたしたちは『妙な嗜好』の持ち主ではなくて真理を知るものなのよ、自己の肉体と魂魄に調和するのはどの血かってことをねぇ。あたしが飲むのは殺人者の血だけ。だからジェイ、あなたのような無垢な血はとても飲めたものじゃないのよ。それでもダニエラ・ザロモンとか人斬りロイク、アンブライアの上等血液ばかり飲むわけにはいかないから、多少は妥協するけれど、最低でも〈藪医者シドニー〉の水準には達してて欲しいわねぇ」
シドニーは患者を毒殺していた帝国の医師だ、被害者は十二人。
あなたはゼロじゃなさそうだけど、まだまだねぇ、と言いながらイザベラは三番へ向き直り、
「じゃあ次は、あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
そう促されて彼は自己紹介を始める。
「オレは白日街のダリル、ケチな盗っ人さ。ちょいとワケありで一文無しで放り出され、街道でスリを働こうとしたはいいが、カモだと思った相手に気づかれてブタ箱行きだ。なんとも情けねぇ話さ」
白日街、吸血鬼としては住みたくない地名ねぇ、とイザベラは呟いた。
「だけどあなたは落日級、そこまで苦痛はないんですよね?」
ジェイに言われてイザベルは首肯する。
「まあね、もっと上だったら良かったけど、獣人っていうハンディキャップがあるからねぇ」
どういうことかと尋ねれば、獣人は高位の吸血鬼にはなりづらい体質らしい。ついでに、狼の獣人と人狼の違いについてジェイは聞いた。
「獣人は先天的な祝福。人狼は後天的な呪縛。あたしと同じ狼の獣人が呪われて最初の人狼になったって噂もあるけど眉唾よねぇ。獣人は呪いに耐性があるせいで人狼になれないし。その獣人がよっぽどノティスを怒らせたのかも知れないけれど。ま、うちはそこまで吸血鬼としての格は重視されないから良かったけどね、もっと上位なら良かったとは言われたけど。うちの儀式は古臭くて、そのせいかもって思ったりもするわねぇ」
「ん? グランクローシェを出奔してからクランで吸血鬼になったんですか? てっきり僕は――」
「え? ああ違う違う、紛らわしかったわねぇ、『うち』っていうのは実家のこと」
ジェイはさらに困惑する。グランクローシェでは吸血鬼は憎むべき仇敵のはずだ。それが娘を吸血鬼化するだなんて――
「ソルフォールとの戦いの中で、やむなく敵の力を密かに取り込むことにした、というわけですか?」
「うーん、まあそういう側面も――ああ、ジェイ、あなたはうちの国のことをあんまり知らないみたいねぇ。今はもう別にソルフォールとそこまで仲が悪いわけでもないし、むしろうちは向こうの貴族家とも親戚関係だし。吸血鬼も屍術士も普通にいるわよ、聖騎士にも王族にもいるし、もちろん対外的にはあんまり顔出さないようにはしてるけどねぇ。だけど吸血鬼はいいわよ、歳は取らないし病気にもならないし」
実際に行ったことはないとはいえ、今まで持っていたイメージが覆される。なら本当はどういう国なのか? そう尋ねたジェイに答えたのはダリルだった。
「コルニスタンの商人のがめつさと、カルドランドの盗賊の二枚舌、アンブライアの暗殺者の残虐さ、それらにアズルヘルムの聖人の顔を付けたのがグランクローシェ人だ」




