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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第五章 迷宮の虜
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第一話 予期せぬ突入

 カルドランド王国の西、祝祭の都市クロムウェルに程近い街道を、一台の車が走っている。

 角ばった分厚い車体、窓には鉄格子。それは囚人護送車だった。


 車内には三人の囚人と、一人の警護官が乗っている。そのうちの一人、まだ歳若い少女のように見える、フードつきのローブを着た人物が、隣にいた同乗者に囁きかけた。


「ねえ、あなたは何して捕まったのかしら?」


 話しかけられたのも、彼女ほどではないが若い少年だ。ちらりと相手を見る。少女の肌は青白く双眸は深紅、口には肥大化した犬歯が覗く。吸血鬼だ。となれば、見た目どおりの年齢ではないのだろう。


 少年は押し黙っているが、吸血鬼は続けて問いかける。

「名前はなんて言うの? それだけでも教えてくれないかしら、囚人番号一番さん」


「ああ……僕はジェイ――」

 答えようとしたところで、少年の脳裏に昔、父が言った言葉が想起された。


「いいかジェイク、お前の名前は最初の災厄でデレク王とともに戦った、勇ましい戦士から取ったんだ。彼に並ぶほどの英雄になれとは言わん。だが、常に胸を張って生きられるように行動するのだ。お前がなろうとしているのは、この国を作った偉大な職業、冒険者なのだからな」


 言葉を途中で区切った少年を見て吸血鬼は「ジェイ? ジェイっていうのね。あたしは――」


「二番、私語は慎めよ」

 警護官が吸血鬼の囚人に注意した。当人は微笑みながら言葉を返す。


「はいはい、失礼しました。だけどクロムウェルまではまだまだ着かないし、退屈じゃあないかしら? それとも共謀して脱獄するとでも思った? あたしにも三番さんにもこんな特別製の手枷を嵌めてるんだから、不安がらなくてもいいと思うんだけどねぇ」


 確かに吸血鬼の枷には魔術のかかった符が何枚も貼り付けられている。そして三番、褐色の肌の男にも、二番と異なるものがいくつか貼られた枷が嵌められていた。


「お前の力を考えれば当然だろう、片方(・・)だけでも厄介なのに。まったく、お前はクランの恥さらしだという自覚をすべきだ。どうせ仲間が保釈金を支払いに来るんだろう? お前らの長に大目玉を食らうがいい」


 警護官は二番の囚人の所属している団体を知っているようだった。言われて吸血鬼はさすがに、嫌そうな顔になった。


「何度も言ってるけど、これは不当逮捕なのよ。あたしは無許可の吸血行為には及んでいない。無辜の民の喉笛から血を啜ってもないし剣で斬った傷口から飲んだわけでもない。魔法で血を吸い取ってもいないわ。それでどうして逮捕されるのよ?」


 それに対し大きなため息をついて、警護官は呆れたように言う。


「いいか二番、お前の主張は稚拙で時代錯誤なものだ。ナーリ法で魔法具による吸血は八十年も前から禁止されているんだ。お前が〈許されざる者〉であることに不満を持つなら、それを破ることで抗議するのは最も愚かだと思わないのか? 市民登録されている吸血鬼には人造血液が支給されているし、カネで新鮮な血をいくらでも買える。ましてやお前はあのクランの一員だ。一般市民を襲撃せずとも、やりようはあったはずだ」


「あいつは殺人鬼だったわよ」


 悪びれぬ囚人に、「そうだとしてもお前がしたことは――」と警護官は反論しようとしたが、それは叶わなかった。

 突然車体を大きな揺れが襲い、次の瞬間には――


「な……何だ!? 一体何が……」


 目の前の囚人三名が――そして護送車の車体半分が消えうせ、空と平原が目の前にあるだけだった。

 こいつはまさか、転移か? やつらのうち誰かが魔法具でも隠し持っていたっていうのか?


 すぐにそうではないと彼は気づいた。車を降りて辺りを見回すと、路上に穴が開いているのが目に入ったのだ。

 それは見る間に小さくなっていき、やがて完全に閉じてしまった。


「なんてことだ。これはまさか、迷宮か? やつらは迷宮に飲まれちまったのか?」


 彼は急いで運転手に、クロムウェルの保安官事務所と冒険者ギルドへ知らせるように伝えた。

 その後で顔の汗を拭い、安堵した――得体の知れない迷宮へ、自分が落ちていかずに済んだことに。


   ■


やべーわ(セ・ダング)、ジェイ、寝てる場合じゃないわよ」


 その声に少年が目を開くと、奇怪な光景が目に入った。

 眼前にある開け放たれた窓の外には青空。そして、延々と続く大都市。

 高い建造物の数々は、前に見たことのある写真に写っていた、帝都のものと似ていた。


 しかしそれは、横倒しになっていた――真上と足元に広がる、横向きの街の半ばに自分たちはいた。


「ああ、こいつぁ迷宮だ」


 呟いたのは、囚人番号三番、大柄な男だった。象牙色の長い髪が風に揺れている。


「最近国境付近で、いきなり穴が開いては辺りのものが呑まれてるって話を聞いた。まさかてめえがそん中に放り込まれるたぁ夢にも思わなかったが」


 がしゃりと彼の手枷の鎖が音を立てる。


「装備もなにもない状態で、ここを脱出しなくちゃならないってことよねぇ」


 吸血鬼の囚人が、どこか他人事のように言った。風で煽られ、被っていたフードが脱げる。

 彼女の耳は尖り、獣のように変形している。吸血鬼の獣人。この苦境に対し、楽しげに笑みを浮かべる。


「考えようによっては、ツイてるわよねぇ、狭苦しい牢屋と上司からの説教が待ってると思ったら、代わりに冒険が待っていたんだから。じゃあお仲間のみなさん、まずは自己紹介といきましょうか」

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