第五話 異なる顔
夢で見た過去の場面で仲間が口にしていたフロンティエラとは、ファロの西端にある宿場町だそうだ。そこまで行けば恐らく自分を知っている者もいるだろう。目的地は決まった。
今や〈印すもの〉の拠点たる迷宮は眼前に迫っている。決意を固めるように、リアはジェイと向かい合って告げる。
「これよりわたしは、生け贄としての使命を果たします。短い間でしたが、あなたとの旅は最期の瞬間まで、掛け替えのない思い出として残るでしょう。ありがとう、ジェイ」
大したことはしていない、とジェイは答え、リアに別れを告げた。
微笑んで歩いていく彼女の歩みは強く、振り返ることはなかった。
■
迷宮の地上部分はほぼ崩れかけ、暗い地下へ石造りの階段が続いている。
リアは一歩一歩下るごとに、印が脈動しているを感じた。〈印すもの〉はすでにこちらに気づいている。
魔法具のランタンは腰で弱々しく光っている。明かりが照らすのは古びた床と、血の乾いた染み、そして骨だ。
自分と同じ犠牲者が抵抗し、あるいは諦め、食われた末路。
階段を下りきるとそこは死臭の漂う部屋だった。
眼前に汚らわしいマナが漂っている。その向こうから、やがて怪物が姿を現した。
烙印を刻まれた自分にしか見ることのできない異形。二メートル半ほどの人型であったが、全体像は奇怪に歪んでいる。捕食者にふさわしい巨大な爪、そして大きすぎる口と尖った牙。
今からその中へ捕食されると知っていても、リアは恐れを抱かなかった。
怪物は抵抗を望んでいるのか、あるいは恐怖を煽るつもりか、やけにゆっくりと歩み寄る。
眼前までその大口が迫って、リアは己の内心に妙な感情が芽生えているのに気づいた。
高揚。安堵。そして歓喜。生け贄としての生を全うできるがゆえのそれではなかった。
そして、ひとつの疑問が浮かぶ――どうしてこんな貧弱なものが、自分の目の前にいるんだ?
わたしは――俺はこいつを殺していいのか?
もちろんだ。なぜなら俺は――
次の瞬間、獲物は無残に捕食された。
哀れな生け贄は痛みも疑念も恐怖も感じることなく、一瞬でバラバラに引き裂かれた。
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それが迷宮から姿を現したとき、ジェイがまず最初にしたのは自分の手を確認することだった。
もちろん〈印〉は刻まれていない。ならばあれは――
「よおジェイ、どうしたんだい、そんなにビビって。まさか俺を〈印すもの〉とでも誤解したのかい?」
処刑人。その怪人を表すならそれだった。
血の染み付いた革の覆面には、血走った双眸の覗く穴が無造作に穿たれている。
手には真新しいマナの残滓を残した、分厚い斧。
全身から死の臭いを漂わせたその人物はジェイの目の前まで来ると、覆面を脱いだ。
それは、犠牲となったはずのリアだった。
「リア……その格好は? 〈印すもの〉は――」
「死んださ。いいや、もともと生きてなかったか? なんにせよあれが人の形をしてんなら、俺らに殺せねえはずがない。
確かに、こっちに合わせて強くなるっつうのは厄介な性質だ。だけどやりようはいくらでもあるさ、例えば『弱いふりをする』とかな。もちろんあいつは〈印〉を通して睨みをきかせてっから、ただビビったり素人のふりをしてもだめだ。だから今回は記憶ごと別人になるのを選んだのさ。哀れな生け贄の女にな。
カネはかかったが専門家に頼んだ、ほら、この前会った冒険者が言ってただろ? そういう魔術師がいるってな。どうなってんのか詳しい理屈は俺も分かんねえが、ともかくあのバケモノは俺を侮ってその力に合わせて弱くなり、そして俺は土壇場で記憶を取り戻して、元の力で野郎をぶち殺した。任務完了、ってなもんだ」
我が身を振り返って処刑者はにやにやと笑う。
「これが俺本来の格好だよ、着替えたわけじゃねえ、俺が記憶を取り戻したらこうなっちまったんだ。俺は第六次災厄で生まれた〈随伴者〉の一人だからさ、殺人者としての〈役割〉を負ってな。このツラだって人様に晒すのは久々だ、特に身内以外にはな。
それにしてもなんで隊長は俺を選んだんだか。猫かぶるのがうまいラッセルとか、一番常識人なグスターヴのが適任だと思うんだけどなあ。俺怪しくなかったか、ジェイ?」
その質問に答える代わりにジェイは、「あなたは一体?」と問い返す。相手は生け贄の女性とは似つかない凶悪な笑みを浮かべながら答えた。
「あんたと同じく名前の一部が欠けてたってだけさ。リアはもう死んだ、ある意味偽の記憶の通り、彼女の死によって秘密兵器が発動しやつをぶっ殺したってわけだ。
俺はクラリッサ、帝国が誇る殺し屋、〈人喰い〉の一員さ」




