第四話 断片
リアは時折、ひどくうなされて汗だくになり目覚めることがあった。何を見たのかと聞いても覚えておらず、何か血なまぐさいものだということしか分からなかった。
ジェイもいくつかの夢を見た。冒険者ギルドらしい場所で仲間と話している場面だ。ファロは風生まれの国であり、この小柄な種族の射手や斥候も何人かいた。次に、数人の冒険者たちと草原を歩く場面。地平線の彼方に、何か大きなものを見つけて――夢はそこで途切れた。
リアと旅をするうちに、彼女がもしかすると〈生け贄〉のふりをした強力な冒険者ではないかと思ったが、それならばジェイに隠す必要はないし、〈印すもの〉が彼女から聞いたとおりの魔物ならいくら隠しても意味はない。
〈印すもの〉は〈印〉のついた獲物を脅かすものがいれば、その加害者に新たな印を刻み、犠牲者の列に並ばせる。リアもかつて〈印すもの〉へ挑んだという冒険者も、そうして〈印〉付きの呪われ人を刃物で傷つけ、自分からこの魔物の呪いを宿したのだそうだ。
ファロまであと三日ほどの距離まで来たところで、沼地に入り込んだ。入り口付近には銀と青の兵装を纏った聖職者たちがいた。彼らはここからさらに南にある天空神ヒムの総本山、アズルヘルムより来た防衛隊だった。
三百年ほど前、邪神ダールの化身が現れ、辺り一帯を穢した――第四時災厄だ。帝国に現れた神殺しの聖女と彼女の騎士団は南へ遠征、化身を打ち滅ぼし穢れを祓った。忘れられた神ヒムの力によって第四の勇者となった聖女は、かの地を聖地アズルヘルムとし、皇帝から自らの領地として治めることを許された。今ではそこに鏡のように空を映す塩湖が存在しており、巡礼者が絶えることはない。
南部がこの有様なのでおおむね巡礼は海路が用いられるが、南方半島から陸路で訪れる信者たちのためこうして聖騎士たちが護衛の任に就いている。
彼らは冒険者たちほど嫌悪を露にはしなかったが、それでもリアに対してはよそよそしい態度だった。〈印すもの〉の獲物である彼女の危険性を把握していたからだ。
〈印すもの〉は迷宮から生まれた魔物だ。それはファロに程近い荒地に口を開けている。
この魔物は自分から〈印〉を刻んだ獲物へ近寄ることはなく、呼び寄せて捕食するのだ。リアによれば、自分の順番が回ってくれば、その場所へ行きたいという抗いがたい衝動が沸き、拘束した場合は周囲の人間が捕食を邪魔したとみなされ、〈印〉を刻まれてしまう。
獲物は精神を完全に支配されるわけではなく、死への恐怖を高めながら迷宮へ到達し、抵抗しても自らよりも強大な怪物になすすべもなく敗北する定めだ。悪趣味なこの性質は、獲物の恐れ
と絶望を食らうためにあると言われている。
リアは印に蝕まれる前に〈印すもの〉と戦うつもりでいる。彼女は覚悟を決め、自らにかけられた魔術で怪物を討ち取るつもりだ。
彼女は死ぬ瞬間まで気高い討伐者でありつづけるのだろうか。あるいは、これまでの犠牲者と同じく、恐怖に染まった顔で食われていくのだろうか。
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「なんてこった。信じられねえ」冒険者の一人が言った。「こんな見通しのいい場所に根城があるだなんて」
「見つけられたのは運が良かったからだよ」別の誰かの声。「方向感覚も狂わされてるし、視覚的にも厳重に秘匿されてる。間抜けなしたっぱが〈鍵〉をくれなかったらそこらをうろついて終わりだった」
「まったくだ■■■■、ツイてたもんだよな。やつは――シニスターは一人で動くべきだったな。仲間が足を引っ張ってこのザマだ。いずれにしろ年貢の納め時だ」
冒険者たちは武器を手に、崩れかけた城砦に進んでいく。
場面が変わった。石造りの通路で、カタギではなさそうないかつい男たちを相手に冒険者たちは戦っている。
傷を負うものもいたが、野盗と思しき悪漢たちの数はそう多くはない。
やがて彼らは広い一室へ到達した。
青白い顔の男が、杖を手にして立っている。こいつが野盗の頭目らしい。部下を倒され、追い詰められたが、彼は未だに余裕の表情だ。
「シニスター、ここまでだな。フロンティエラ近郊を散々荒らしまわってくれたじゃねえか。ずいぶん溜め込んだだろうが、金はあの世まで持っていけねえんだ。残念だったな」
冒険者に言われ、シニスターは首を振って哄笑する。
「ああ、確かにボロ儲けさせてもらったさ。だけど勘違いしてもらっちゃ困るな。金が目的だったわけじゃない。バカな部下どもはそうだったかも知れんが、オレは違うさ。オレは――シニスターは野盗だからな。盗人は隠れ、奪い、溜め込み、最後には追い詰められ――そしてまんまと逃げおおせるものさ」
「いいや、悪党野郎は最悪な死と相場が決まってんだよ!」
妙なことを言いながら笑う男に、冒険者たちが迫る――シニスターは笑い、こちらを指差して――
「そうだ、お前にしよう」
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ジェイは目を覚ました。慌てて夢の内容をメモする。
どうやらファロで自分は、冒険者として野盗の討伐に当たっていたようだ。
あのシニスターという頭目は、不利な状況にも関わらず逃亡する自信があった。自分がここに来た経緯を考えれば――転移。それで隣国へ高飛びして姿をくらますつもりだったのだろう。
しかし恐らく、彼にも予想外なことがあったのだ。彼の代わりに自分が何らかのアクシデントでこちらに来てしまったのかも知れない。それとも人質にするつもりで、自分とともに転移したのだろうか。すると彼は今どこに――
ふと、リアが近くにいるのに気づき思考を中断する。焚き火を背にしてこちらを見ている彼女の顔は窺い知ることはできない。しかし、それはなぜか普段の彼女とはまったく違う――話に聞いているだけの〈印すもの〉よりも恐ろしい何かに見えた。




