第三話 東への旅
それから数日はつつがなく、東へ進むことができた。
リアからいくつか最近の出来事を聞いたが、やはり記憶は転移のショックでごっそりと抜け落ちているようだった。
王国で災厄の折に発生していた転移でも、〈ジャンプ病〉と呼ばれる後遺症が見られた。記憶喪失はその最たるものだ。
時間経過で記憶を取り戻した例もあるそうだが、やはり今はファロへ赴き、現地で情報を集めるべきだろう。
いくつかの集落を経由したが、すべて打ち捨てられ廃墟と化していた。時折冒険者と出会い食料を売ってもらうことができた。
帝国の冒険者は都市にこもりたがり、カルドランドに比べて脆弱だというのがジェイの知っている常識だったが、近年では帝国に流れ込み始めた怪異や魔物、迷宮を攻略するため、王国や南方半島から精強な冒険者たちが流入し始め、またエーテル供給塔のない場所でも活動可能な王国式の魔術を学んだ冒険者も育ち始めていた。
わざわざこの帝国南部へ遠征へ来る冒険者たちは言うまでもなく、ある程度の実力を兼ね備えた者たちだったが、それでもリアとあまり接したがらなかった。〈忌まれ谷〉の生業を知るものはいなかったが、〈印すもの〉の恐ろしさを知っている者もいたし、なにより彼女の呪縛を見ただけでその忌まわしさを認識できたからだ。
ジェイは相変わらず記憶を取り戻すことはかなわなかった――もちろんそう簡単にいくわけではないだろうと思ってはいたので、冒険者たちと情報を交換しようとしたが、ジェイを知るものも、失った記憶を取り戻す方法も得られなかった。ただ、エルフの魔術師が興味深いことを言っていた。
ジェイは転移のショックで記憶を失ったものと思っていたが、もしかすると魔術的に奪われたものかもしれない、とその魔術師は推測した。
王国にいたころ風の噂で聞いた、人間の記憶を扱う魔術師の仕業かもしれないと。その人物は金ずくで不都合な記憶を消去、あるいは特定の条件を満たした際に思い出すように細工することができるそうだ。もしかすると、誰かがジェイを邪魔に思い、隣国へ追放したのではないか。
殺さずに転移させたのは、手にかけることにためらいがあったからかもしれないし、それが明るみに出れば不都合があるためかもしれなかった。危険な帝国南部へ送ることで、あわよくば野たれ死んでくれるかもしれないとの期待があったのかもしれない。いずれにしても、何者かの悪意があった可能性は否定できなかった。
もし記憶が戻らないのならば、このまま〈ジェイ〉の名で流離の冒険者を続けるしかないかもしれない。不安ではあったが、この危険な旅には思ったより抵抗を覚えていない自分がいる。もともと自分は冒険者であったようだし、この先も続けていくのが自然なことのように思えた。
ジェイは身分証から、レベル三の冒険者と判明している。これはだいたい各都市の中堅クラスにあたる、そこそこの実力者といえた。まだ記憶も戦闘技術もあまり取り戻せてはいないが、戦い続ければさまになっていくだろうという予感はあった。
リアはというと、決して足手まといにはならなかった。一日中歩きづめでもへばったりしなかったし、〈印〉の力を抜きにしても旅人としてさまになっていた。生け贄が捧げられる前に倒れては話にならないから、〈忌まれ谷〉でそれなりの訓練をこなしてきたのだろう。彼女のおかげで魔物との戦いはかなり避けることができた。
彼女は近年の情勢についても割合詳しかった。夜営の折にはまるで教師のように、知識を授けてくれた。
「現在の世界は混沌へ向かっています。その切欠となったのは間違いなく第六次災厄でしょう。あまたの恐るべき集団がある日突然現れ、ずっと昔からそこにいたように世界になじんでいったのです」
災厄に選ばれた〈獲得者〉が、虚無より現れた集団とともに力を振るう。
帝国の冒険者集団〈魔剣党〉。恐るべき殺し屋たち〈人喰い〉。無秩序なテロリスト〈混沌聖典〉。義賊として暗躍した武装劇団〈糸無き傀儡〉。アンブライアより各地に散らばった暗殺者集団〈ローギルの影〉。
そして勇者とともに災厄を封じた〈守人〉たち。
すでに世界に溶け込み、災厄の生み出した存在ということを誰も覚えていない集団すらいるだろうとリアは語った。
しかし、ジェイはひとつ疑問を抱く。
「だけど、その〈獲得者〉が死んだらその仲間も全員消えてしまうんでしょう? じゃあいずれ全部消えてなくなるんじゃないの」
「この世界は定命の者だけのものではないのですよ、ジェイ。例えば魔人には寿命がないと言われています。エルフのように長命な種もおりますし、吸血鬼となって生きながらえることもできましょう。さらに、〈獲得者〉が他者へその力を継承した例もあります。〈魔剣党〉の獲得者は人間だったそうですが、彼は党首となったのち寿命を迎え、後継へその座を譲ったそうです。そうして彼らは今も帝都にいます。〈ローギルの影〉の〈主上〉と呼ばれる長は正体不明のままですが、彼の持つ宝具がその獲得者の証とされており、これもまた次代へ継承可能と聞いています。あるいはすべての集団が、不滅のものとなる手段を獲得できるのやも知れません」




