第二話 生け贄
廃墟の街を離れ、二人は荒野の只中で野営をすることにした。リアの呪いのため、魔物は近づいては来ないはずだが、強力な個体は恐れずに襲い掛かってくるかも知れない。交代で見張りをしながら、片方が眠ることになった。
夕食を味気ない保存食料で済ませると、ジェイはリアに気になっていたことを尋ねた。
「確かに帝国でも怪異が発生していると聞いたことはある、だけどカルドランドほど怪異が活発ではなかったはず。いつからこれほど危険なことに?」
「半世紀ほど前からです。帝都外郭の戦いのあとで次第に怪異が活性化し、いくつかの迷宮が南から開き始めました」
「どうして帝国に怪異が?」
「反乱軍と〈災厄の守人〉の小競り合いは帝都での戦いの後も長く続きました。その際対抗手段として、災厄の力を得た逆賊たちが、何らかの手段で怪異を呼び寄せたという者もいます。あるいは単に力の〈獲得者〉たちが集まりすぎたために、意図せずしてそうなったのかも知れません」
「リア、あなたは私みたいに転移したわけではないのでしょう? どうしてわざわざこんな場所へ? 残りわずかな人生、と言っていたけれど」
そう聞くとややためらいがちに、リアはジェイをじっと見ながら話し始める。
「わたしは〈忌まれ谷〉から生け贄として選ばれ、ある魔物へ捧げられるために旅をしているのです」
〈忌まれ谷〉の場所を知るものは多くはない。その地はかつて大罪を犯した咎人のための流刑地で、その子孫もまた、生まれながらに虜囚であるという。
「これが我々の生業なのです。魔物や呪詛にその身を捧げ、購いとする。わたしの使命は恐るべき魔物〈印すもの〉への供物となることです」
「そいつをただ倒すのじゃだめなの?」ジェイは淡々と悲痛な境遇を語ったリアに、そう問うた。「カルドランドにいる強力な冒険者を雇えば――」
「……〈印すもの〉は単純に強いだけの魔物ではないのです。やつがその姿を現し襲い掛かるのは」リアは右手を掲げた。「〈印〉を刻んだ相手にだけ。それ以外の者では姿を見ることも、触れることも叶いません。そして、もうひとつの恐ろしい特徴は、やつは印を刻んだ相手の強さを己のものとし、必ずそれ以上の力を得るということです」
ジェイの言ったとおり過去には、竜を屠ったほどの冒険者を雇い入れ、印を刻ませた上で〈印すもの〉の討伐へ送り出したことがあった。
結果は無残なものだった。〈印すもの〉は精強な戦士の体をばらばらに引き裂いて捕食し、新たな犠牲者を喰らい続けた。
「だけど、リアを生け贄にしてもまた次の犠牲者が出るだけなんじゃないの?」
「普通ならば、そうでしょう。わたしは毒入りの餌なのですよ。巧妙に隠蔽されているために、まず分からないでしょうが、わたしの体内にはある魔法が仕掛けられています。全生命力とともに破壊をもたらすものです。やつが喰らいついた瞬間に炸裂し、ともに葬り去る。最初の災厄に抗するためにいくつも生み出された、禁忌のひとつです」
リアの未来は悲惨なものだが、彼女はそれを受け入れているように見える。
彼女は過去も未来も判然としているが、それと過去の失われた自分。果たしてどちらが幸福なのか?
ジェイは眼前の女性を哀れむとともに、自分の過去が恐ろしいものではないことを願った。そしてリアの魔法が、〈印すもの〉を焼き尽くすことを。




