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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第四章 二つの顔
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第一話 雨の平原

 雨煙に青白く霞む廃墟の街を少女が駆けている。


 貫頭衣のマントが風に揺れる。くたびれた帽子とともに、野晒しの死体から剥ぎ取ったものだ。

 背後を振り返ると、数体の追跡者が迫ってくるのが見えた。

 

 二メートル半かもっとある巨体。赤褐色の肌とねじくれた角、手には相応のサイズの巨大な剣。オーガだ。

 視界には三体、しかし周辺から聞こえる音はあと少なくとも二体ほど存在していることを知らせた。


 少女は手に持った銃を、右側から迫ってきたオーガへ向けた。

 これもまた、死体から拝借したカービンだ。〈竜騎兵(ドラゴンライダー)〉と称されるそれは帝国製だったが、エーテル供給機関を取り外し後付で触媒の貴石が組み込まれている。マナを取り込んで供給塔のない場所でも使用可能とするためだ。


 廃墟の地のマナは乏しく、泥水のように淀んでいたがそれをこめて発砲することはできた。オーガのわき腹へ命中し、その相手を立ち止まらせる効果はあったが、敵の数がいささか多かった。


 オーガに追いつかれそうになったところで、相手の動きが突然停止した。

 少女が戸惑っていると、廃屋から一人の女性が現れた。

 汚れてはいるが、元は純白だったであろう簡素な衣装を纏っている。


「ここを去りなさい」白衣の女性は魔物たちへ言った。「あなたがたにも分かるでしょう。この身に刻まれた〈印〉が」


 女性は右手を掲げた。そこには黒い紋章が刻まれている。

 見たことがない文字だった。古い魔術の儀式に使われるルーンに似ているようにも思える。


 そこから黒いもやのようなものが立ち上ったとき、オーガたちが目に見えて動揺した。

 それは少女も同じだった。おぞましき穢れたマナ。この女性は、何らかの呪いをその身に受けているのだ。


 紋章の中からさらに、黒い刃が姿を現した。

 女性が掲げるその剣は、見ているだけでおぞ気がする。魔物たちはじりじりと後退し、そして逃げ出した。


 女性は剣を右手に納め、少女に向き合った。

 整った顔ではあるが、あまり特徴のない見た目だという印象を受ける。同時に、少女は妙なことを考える――まるでこの人の顔は、他者に見せるのを前提にせず作られたかのような、そんな感じがした。不快感はないが、どこか空虚な――


「ご無事でしょうか。この地にそうと知らず迷い込んだのでしょうが、ここは危険です。かつて迷宮の魔物が溢れ、今も湧き出し続けているのですから」


「感謝する、あなたが助けてくれなければ危なかった」少女は帽子を脱いで頭を下げる。「ここはどこ? あれほど危険な魔物が湧く迷宮があるということは、カルドランド?」


 女性は多少、怪訝な顔になった。「いえ、帝国の南部地域ですが?」


 少女は自らもまた困惑しながら、己の立場を説明する。

「……気が付いたら私はここにいた。それまでの記憶がない。冒険者だったということは覚えているけれど、身分証が破損していて名前も分からない」


「拝見しても?」


 少女が見せたカードは確かに大部分がボロボロになっており、名前の最初の一文字しか読み取ることはできない。

 マナを籠めると、魔術で焼き付けられた像が浮かび上がる。その姿は確かに少女のものだった。他に確認できたのは、どうやらこれが隣国ファロで発行されたものということだけだ。


「どうやらあなたはこの場所へ転移したようですね。第六次災厄の前後にはそうした人が多くいたと聞いています。これからファロへ戻り、知り合いを探すおつもりですか?」


「そのつもり。……会ったばかりのあなたにこんなことをお願いするのもなんだけれど、もし可能なら途中まで同行してもらえればとてもありがたい。あなたの持つ力があれば心強いから」


 そう言われて女性は少しばかり黙考し、口を開く。


「わたしが持っているのは『力』ではありません。忌まわしき呪いです。しかし、あなたの言うとおり魔物を退けることはできましょう――分かりました。あなたが望むのであれば微力ながら同行いたします。わたしはリア、〈忌まれ谷〉のリアです。あなたは――なんとお呼びすれば?」


 少女は壊れた身分証に目を落として、「最初の一文字だけでもこれは私の名前だよ。ジェイ、と呼んでもらえれば」


「分かりました、ジェイ」リアは頷き、言う。「わずかな残りの人生、あなたが過去を取り戻す助けとなりましょう」

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