第三話 冒険者ギルド
フェルネストの城壁は帝都の建造物さながらに高く、一つの都市をぐるりと取り囲んでいる。この七百年で拡張を繰り返し、同心円状に何枚かの壁が聳え立っている。
ジェイとオルテンシアは最も外側のパーカー区画にいた。主要な通りは舗装されているし、市内は思ったより賑わっている。ジェイが仕事場にしていた帝都アウレアの郊外にも見劣りはしないように見えた。城壁の側には市場があり、山積みの果物、串刺しにされて丸焼きになる豚、魔法薬の実演販売などが目に入った。
ただ、車の数は少なく、帝国では見ないような古い型のものも多かった。もっとも、渋滞で大通りが埋め尽くされる帝都のほうが異常なのだろうが。
オルテンシアによればしかし、ここは端のほうで、正門へ行けばトラックや旅行者、商人などが入場のために何台も並んでいるらしい。
先ほどの門も、冒険者専門のものだったためにあれほどすんなり入れたのだそうだ。
「これから私の在籍するギルドの支部へ連れて行く。パーカー区南十番街第八支部だ。くれぐれも粗相のないようにな、私の顔に泥を塗るなよ」
「もちろん分かってますよ、オレはここじゃ一新人に過ぎないということをさ」
「その通りだ。さて到着したぞ、ここだ」
路地の奥、庭木に囲まれた隠れ家的な酒場に見えたそこが、第八支部だった。三階建ての広い建物で、駐車場には他に二台の車が停まっていたが、どれもボロかった。
中に入ると、受付では女性職員がカウンターに足を投げ出し、煙草を吸いながら雑誌を読んでいる。オルテンシアは新聞紙の包みを取り出す――赤い染みがべっとり付いている――「帰ったぞ、グレイス」
「ああ、お帰り。ピーマン頭どもは全滅かしら?」グレイスと呼ばれた受付は煙を天井に向かって吐き、新聞紙を開いた。そこにはジェイも見慣れた、ゴブリンの耳が何枚か入っていた。ピーマン頭とはゴブリンの通称だったらしい。
グレイスは頷くと報酬金をオルテンシアに渡し、サインを求めた。彼女が書いたのを確認すると、耳を再び新聞紙で来るんで無造作にゴミ箱へ投げる。入らずに床に落ちたが、あまり気にしない様子でまた煙を吐いた。
「それで、途中この男を拾ってきた。名前はジェイ、帝国の冒険者だ。魔法具が暴発してジャンプしたそうだ。ここで働きたいと言っている」
「初めまして、ミス・グレイス」ジェイは頭を下げ、自己紹介する。「オレはジェームズ・ジョンソン、アウレアで冒険者をしていました」
「そう、それじゃあ登録証を見せてくれるかしら?」
ジェイが取り出すとグレイスは横目でそれを見て、「四級冒険者っていうのは、どれだけの技量があるということなの? 単独で〈ビンゴ〉とか〈赤羽根〉を退治できるのかしら?」
「それらが何かも分からねえんですが」
「じゃあ〈スピード・ボール〉、〈がなり屋〉とかとかも?」
「たぶんその、こちらの言葉にオレが慣れてねえから、何を指してるのか分からないんだと思います」
ああ、とグレイスは頷いて煙草を消した。
「〈ビンゴ〉っていうのは森にいるでかいトカゲで、こっちを睨んでは麻痺させてきたり、強いやつだと石にしたりするの」
「バジリスクですか、たぶん。適当な魔法薬があるか治療士が同行してるか、ならなんとかなりますが」
「そんなのは当たり前だろう。単独で、と言ったはずだ」オルテンシアが口を挟んでくる。
普通は単独でバジリスク――そのまま呼んだほうが分かりやすいんじゃねえのか――〈ビンゴ〉の討伐には当たらないのじゃないのかい? と言うと彼女は、
「それだからお前らは塩無しだというのだ。防護の魔法くらい――ああそうだグレイス、こいつの技量を聞き出したほうがいいな、魔法がどれだけ達者か」
グレイスは首肯しジェイに尋ねた。あなたは魔法剣士なのかしら、と。
「レベル三の検定を受けた……つってもこっちじゃ通じねえか。簡単な身体強化術習得と、共有魔剣術の導入は済んでる。まあつまり人並みには戦えるということさ、もちろん、あなたのおっしゃるところの、塩無しの人並みですが。ああ、ところで一つ質問があるんですが」
「何かしら?」
「たぶん主な活動場所は壁の外になると思うんですが、この辺の供給塔の場所を教えてくれますかね、あまり離れすぎると良くないだろうし」
オルテンシアが首を傾げて、なんだそれは、と問う。
ジェイは説明する。帝国の都市にはどこでもあるエーテル供給のための施設で、魔法を唱える際に魔力を供給するよりどころだ、と。
これに対しグレイスは、そんなものはない、と一蹴した。オルテンシアも呆れ顔になって、
「信じられないな。そんなものは魔法学校の一年生が使う補助具じゃないか。周囲のマナを吸収、変形させての自家出力もできないというのか、帝国人の魔法使いは。魔界的な脆弱さだな!」
ジェイはひとまず苦笑いしておくことにした。




