第四話 逃げ水のライラ 1
汗を滴らせながらジェイは、半ば砂に埋もれていた建物に入り込んだ。建築様式としては帝国の、それも近年のものに見えたが激しく劣化している。近くにはエーテルの供給塔が見えたが、これも崩れかけている。
デプシーカはどうやら、時間の経過がだいぶおかしいようだった。このまま帰還できたとして、外じゃ百年過ぎてるなんてことはねえだろうな、とジェイは多少不安になった。
「厳かなる太陽よ、迷える旅人へ慈悲を与えたまえ」
背後で声がしたので見ると、いつの間にか一人の少女がいて祈りを捧げていた。
褐色の肌と象牙色の髪をした、コルニスタン人だった。ヴェールをかぶり、腰には儀式用の香炉を下げている。その装いは心当たりがある。巡礼のために砂漠を越え、魔物の魂を喰らうという東方の地の魔女。
「あんたが新しい援軍か。東の魔女だったとはな」
相手はじろりとジェイを見つめた。だいぶ若い、まだ成人していないだろう。
「まあ、帝国の方々は〈魔女〉とおっしゃいますが、わたくしは〈巫女〉ですわ。異端の神は悪魔で、それを崇める聖職者は魔女、有り触れた話です」
「そいつはすまなかった。何の神を崇めてるんだい」
「このわたくし〈逃げ水のライラ〉が崇拝するのはスゥレ、厳しき太陽を司る女神ですわ、帝国ではあまり知られていない名だと思うけれど、もともとスゥレはダガスと同一の存在とさられているのです。その残酷な面が旱神として分かたれたのが、かの神ってわけですわ」
旱神の巫女か、確かに吸血鬼のナーリは嫌いそうだ。さて、彼でなくとも困難極まりないこの灼熱の地をどうやって横断する?
ライラへ尋ねると、彼女は妙案があるらしかった。
「道が伸びているのを感じますね。砂のマナにまるで色をつけたように、ずっと向こうまで伸びています。これを辿れということですわ。暑さのほうはわたくしがどうにかします」
ライラは香炉に手をかざし、蒼白い光が灯った。
周囲に薄荷のような香りが漂い、ジェイは心地よい涼しさに包まれた。
「あまり離れないように、ヴァンスの霧雨ほど広域を包むわけではないから。それと戦いの用意を忘れないで。たぶんこの道の先に、試練が待っていると思われますわ」
二人は砂漠を進み始めた。
帝国のものと思しき周辺の廃墟を見ながら、ジェイはライラにここの時間についての疑問を話す。
彼女は、「現実から取り込まれたものとしても、現実そのものではない」という見解を示した。
誰かが想像した一瞬の光景が焼きついたのかも知れないし、複数の空間の要素がひとつに合わさってこうなっているのかも知れない。もちろん帝国がモデルの一部になっているのは間違いないだろう、とのことだ。
しばらく進むと、足元が揺れるのをジェイは感じた。地震かと思ったそのとき、前方の砂丘が隆起し、醜悪な怪物が姿を現した。
巨大な蛇のようで、目はなく大口だけが開いている。サンドワームだ。ジェイは〈寄波〉を握り締める。
襲いくる怪物、しかしそいつが喰らいついたのは、二人から幾分離れた砂山だった。
いつの間にかライラが武器を構えていた。黒い柄のナイフ、それが彼女の魔剣だった。その刀身は陽炎のように揺らめいている。
「〈熱砂〉がそいつを惑わせました。五感と、マナの位置をずらして認識させていますわ。わたくしたちは今や砂漠の蜃気楼、手を触れることは叶いませんわ。ジェイ、やつを仕留めて」
「ああ。やっこさん、文字通り砂を噛むような気分だろうぜ」言いながらジェイは、〈寄波〉に魔力を流し込んだ。




