第二話 許されし者ナーリ 1
「なあ、〈霧雨〉なんて呼ばれてるってことは、この雨はあんたが降らせてんのかい、ヴァンス? それってその魔剣の力か? どうして降らせてんだ? お陰でズブ濡れだぞ」
「頼みの綱のフランがいない今、ヤバい魔物に襲われないようにするためだ。この霧雨は外套であり目だ。探知も同時に行っているけど、今のところ敵影は見えない」
魔剣〈湿りの刻印〉はヴァンスが祖先から受け継いだものだ。使用には魔術的な素質が必要らしく、彼の先祖のライオネルという冒険者以来、一世紀以上使用者がいなかったが、ヴァンスは見事適合し〈魔剣党〉の一員になったそうだ。
「全部で何人いるんだい、〈魔剣党〉には?」
「ジェイとぼくを除けばあと六人だ、党首ダイオニシアスを入れて。もちろん全員が魔剣保有者で、少なくとも今のジェイよりはずっと強い。とはいえこの場所は油断ならない、なにしろ試練の迷宮だ」
「まいったな……早いところおさらばしたいもんだ」
ある区画から先、都市は姿を何の前触れもなく変えた。緑が生い茂る庭園だ。噴水が水を噴き上げ花々が咲き乱れる、平和な場所だった。しかしヴァンスは霧雨を降らせたままだ。
「ジェイ、少しまずい」
「どうした? 何かいたのかい?」
緊張した面持ちでヴァンスは頷いた。霧雨の向こう、大きな屋敷が聳える方をにらんでいる。
「向こうにリッチがいる。しかも悪いことに、非常に危険な魔法をこの先にかけている。簡単に言うと、入ったら死ぬ結界だ」
ジェイは恐れるよりむしろ呆れた顔になった。
「なんだいそりゃあ、そんなむちゃくちゃな話があるかよ。迂回するってのはどうだい」
「そうしたいところだけど。この霧雨で見えないだろうが、この庭の両側は断崖絶壁だ。ここを進むしかなくて、そのすべてを結界が覆っている。幸いその維持に多くの魔力を使っているだろうから、リッチじたいはそこまで強くないだろう。奇襲をしかければ一発で昇天させられるかもしれない」
「その結界を突破する方法は?」
「一番簡単なのは――アンデッドならもう死んでるから、結界に入ってもどうってことはない。あとはたぶん吸血鬼なら、多少具合は悪くなるかもしれないけど、短時間なら結界内でも平気だろう」
まさかオレたちのうちどちらかが吸血鬼になれっていうんじゃねえだろうな、とジェイは訝しんだ。ヴァンスはそんな彼を察したように言う、
「まあ、幸い魔剣党の一員に吸血鬼がいるから、今から彼を呼んで、リッチを始末してもらおう。ぼくは消えるけど、霧雨はしばらく残すから、その間に彼はやってくれるはずだ――暗殺ならもっと向いている人材がいるけど、彼女の出番はまた後だな。それじゃ」
手を振ってヴァンスは霧雨の中に去っていった。
数秒後、何者かがジェイの背後からやって来て追い越す。
異様な格好だ。顔中に包帯を巻いている。その隙間からニコラエと同じ真っ赤な両目と、伸ばし放題の髭が出ている。どうやらドヴェルの吸血鬼らしい。
「どうにも気乗りせんな」吸血鬼は二本の剣を抜いてつぶやいた。「リッチってからには、もはや血は残ってねえわけじゃろ。駄賃もなしにお使いに行けと言われて、やる気は出やしないじゃろう?」
ジェイはまあな、と首肯した。
「もっともそれとは関係なく、仕事はするがな。そこで見ておれジェイ、一応魔法の攻撃に注意しとけ」
霧雨の中を進んでいく吸血鬼。その中に埋没してから数秒後、乾ききったうめき声が聞こえた。どうやらリッチが屠られたようだ。しかし安堵する間もなく、新たな魔法の気配が高速で近づいてきた。死に際にリッチが破れかぶれの抵抗をしたようだ。「ジェイ、いったぞ!」という叫びとともに、燃え盛る火球が飛来した。慌ててジェイは〈寄波〉を抜いて火球を離れた場所へ転移させる。
霧雨が晴れた。その向こうには倒れ伏し塵に還っていくリッチと、佇む吸血鬼がいた。
「名乗っておこう、俺はナーリ、〈許されし者ナーリ〉じゃ。我が魔剣に血を吸わせてやれんとは残念じゃが、次なる敵に期待するか」




