第一話 霧雨のヴァンス
冒険者ジェイは〈寄波〉を手に歩いていた。周囲は廃墟と化した通りで、半分以上崩れた商店の壁やその残骸が延々並んでいる。
霧雨が降っていた。髪についた雨水が滴り、ジェイは何度も顔を手で拭った。
「――つまるところエーテルというのは世界を満たしている〈触媒〉であり、条件が揃ったとき〈力〉を発露する。その力を抽出したのが普段帝国人がたんにエーテルと呼ぶ〈純化エーテル〉で、要するにこれは元から世界にあって、〈力〉も最初から用意されているというのが最新の学説なんだ」
ジェイの隣を歩くのは相棒フランではなく、背の低い少年だった。
「異端の学説で興味深いものがある。エーテルも、王国の魔法使いが使うマナも、もとより世界には存在していないという説だ。最初の災厄によって魔界からあふれ出る以前にはなかったというわけだね。それからさらに急進的なものもある。それは、これらの術は本当は存在しておらず、魔法を行使するさいに『あると仮定して』用いるがために、存在しているかのように作用するという説だ」
「そいつぁ流石に、無茶なんじゃねえのか?」ジェイは少年に対して言った。「いくらあると思ってやったところで、ねえんなら何も起こるわけが――」
「ないと思うだろ? ところが、その人間の意志こそが世界に対して現象を促すための鍵となっている、そういう説があるんだ。ここでもうひとつ重要な要素がある。神だ。ジェイ、あなたは神を目にしたことはあるだろうか?」
「あいにくねえな。飯のときには祈るし、ヤバい状況になりゃ神頼みもする。帝都にいたころは二週間に一回は神殿へ行ってたな。その結果がこれだ、神様は――オレで言うと太陽神か、ダガスはどういった深慮があってオレを翻弄すんのか、分かりかねるね。試練だとアウレアの司祭の方々はおっしゃるだろうし、こっちの聖職者諸君はそうだな――冒険の機会を与えられたというのが僥倖と断言するだろうね。
で、神についての話ってのはなんだ……いや、ちょっと待て――あんたは誰だっけ?」
霧雨を浴びながら、少年はじっとジェイを見た。
金髪碧眼で、帝国風の正装を纏っている。腰には不似合いな長剣。彼はどうやらジェイが答えを思い出すのを待っているようだったが、無理そうだと思ったのか自分で回答を口にした。
「ぼくはヴァンス、〈霧雨のヴァンス〉だ。魔剣党の一員だよ。同士たるあんたの危機において、党首ダイオニシアスの指示により助力に来た。デプシーカは試練の迷宮だ。脱出には試練を超える必要がある。逆に言えば、試練さえ完了すれば無条件でここを抜けてフェルネストへ帰還できるというわけだ。考えようによっては容易なことじゃないか」
デプシーカ? それも初めて聞く地名だ。自分は何をしていた? 確か〈薬缶〉どもが大暴れして、そいつらがいきなり消えたと思ったら街に穴が開いた。その中に都市があったはずだ。
「そう、その大型迷宮につけられた名が深き器、あなたは第四回の調査隊に同行していたんだ。まず最初にフェルネスト中央の腕利き冒険者たち、その中でも迷宮潜りの名手が入った。ここがどうやら、複数の場所の集合だということを突き止めた。それから第二回、三回と、オルテンシアとかルイスも潜って、それで一般の冒険者にも開放されたのでフランとこへ来たわけだ」
「そうだ、フランはどうなったんだ? せっかく体を張って助けたのに、また危ない目に合ってたんじゃたまらねえぞ」
「正確には彼女とあなたを助けたのはイーガンだったし、今回もそうなってるだろうね。彼女には〈糸無き傀儡〉が、そしてあなたには〈魔剣党〉がついてるわけだ。大船に乗った気で――ああそうだ、リジェルもここに潜ったんだけど、どうやらこの場所は〈六番目〉と密接なかかわりがあるそうだ。入り口が開いた理由もそれ絡みだろうね、〈混沌聖典〉が暴れまわったからか、あるいは獲得者とその随行者の両方がたくさんフェルネストに集ったからか分からないけど」
「リジェルと言やあ、〈守人〉たちもここにいんのかい?」
「いいや、大半がすでにフェルネストからは撤退したよ、ニコラエとシャユも王都へ向かった。どうやら〈六番目〉の根源となっている〈門〉がキングスホールド近郊で発見されたらしい。勇者も出撃するそうだ」
そいつはいいニュースだ。ついに此度の厄介ごとにも終止符が打たれるのだろうか。とはいえ、まずはここから脱出しなくてはいけない。
「――さっきの話の続きだけど、ぼくらは神から許可を与えられたんじゃないかっていう説があってね。そのために付随的に、魔法の行使も許されてるんじゃないかってことだ」
「何をする許可を与えられてるんだい?」
彼は答える――冒険だ、と。
二人は霧雨が降る廃墟の街を進んで行く。




