第十一話 開口
無差別にとにかく戦いまくれと命令を下した〈守人〉たちは、自らも率先してその作戦を忠実に実行していた。
リジェルの大剣は地を砕き、建物ごと巨人たちと付近の冒険者を両断していたし、ニコラエは自らを覆っている影を周囲に撒き散らしそれに触れた者はすべて死んだ。
シャユは全身を灼熱の光に包んでひたすら前進し、触れるものすべてを溶かし蒸発させた。
ギルたち門衛は動くものすべてに銃を乱射し、町人たちも狂気的に魔法や銃で辺りを破壊していた。
これに乗じたのか、あるいは混沌聖典の発生させた局地的災厄に誘発されたのかは分からないが、フランだけでなく他にも何人か〈六番目〉の力に目覚めた者たちがいた。
どこからか潮の臭いとともに、全身を触手で覆われた魚介類が溢れ出たり、どこの国のものかも分からない軍隊が現れて攻撃を仕掛けたり、〈薬缶〉よりもさらに大きい〈怪獣〉と呼ぶべき存在が出現しただ歩いていたり、そういった混乱の中、街からどうにか逃げおおせた者がいた。
彼はジェヴォンズ司祭の部下である僧侶で、汗だくになりながら街道をひた走っていた。
この都市は完全にイカれている。命がいくらあっても足りやしない。
〈六番目〉だと名乗っていた〈大神官〉はこれが世界の救済とか言っていたが、こんな混沌の中で救いはおろか、何一つ生まれるはずがない。
そもそもあの〈人喰い〉ども、そしてそいつらを雇ったジェヴォンズ、さらにはあの冒険者ども全員がイカれきっている。この前転移してきたあの帝国人も、人狼になって追いはぎを繰り返していた男も、いいや、この国そのものがイカれてるんだ。自分に狂ったカルト教団が取り付いたのもとんだ災難だ。この場から逃げて、どこかで静かに生きていくしかない――
不意に風が吹いた。そう思ったときには、僧侶はその場に倒れていた。
痛みはなかった。それを感じる前に彼は事切れていた。心臓と脳の両方が、研ぎ澄まされた刃で一瞬のうちに破壊された。
死体となった彼を見下ろすのは――
「こちら〈朧〉。祭儀長、計画通り我らが神を穢していた冒涜者を仕留めました。姿を現したのなら、彼奴など赤子以下でした。次の対象が現れるまで、引き続き潜入を続けます。ローギルと主上より賜りし力に感謝を」
暗殺者――気だるげな目の女性は、混乱の極みである都市を振り返る。
〈混沌聖典〉は獲得者であるこの男を始末した今、消え行くはずだ。しかし、他の災厄が収まるまではまだ時間がかかりそうだ。
この混乱に紛れて、ギルド近くまで戻ろう。誰も自分のことなど気にしてはいないはずだ。こんな状況で仕事を請け負う冒険者などいないし、避難していたと言えば疑われることもない。
またいつもの調子で煙草を吹かし、事態が収まれば復興のための依頼を貼り出そう。
そうして彼女――受付嬢グレイスは何食わぬ顔で街へ向かった。
「クソ、なんてこったい。獲物は消えうせちまうし、パーティには大遅刻だ。ツイてないじゃないか」
「こいつがたぶん、今回の首謀者みてえですね、隊長」ぼやくザロモンに、副官グスターヴはそう告げる。死体の僧侶はまるで、自分が死んだことにも気づいていないかのように、何の表情も浮かべてはいなかった。「フェルネストはどうなってんですかね」
「妙な気配は感じるが、混乱は収まったみたいだ。だけど何だ――これは。とにかく急ぐよ!」
〈人喰い〉たちがフェルネストへ入ると、街は静まり返っていた。
誰もが呆然と立ち尽くしている。負傷者と死者たちは大方治癒と蘇生が済んでいるようだった――王国では戦没者や事故による死者などは、事前の同意がなされていれば、無償で蘇生が受けられる。魂魄を汚しアンデッド化の危険を伴うので、蘇生不可な例外や忌避する者も少なくはないが。
街の中心部にそれはあった。不気味に口を開ける、大穴だ。
その淵に冒険者たちと〈守人〉はいる。誰もが穴の中を、黙って覗き込んでいる。
その中に見知った冒険者を見つけた。ジェイとフランだ。
ザロモンは知る由もないが、フランが危機に晒されたためか、あるいは災厄に誘発されたためか、彼女にも力が覚醒し危機を免れた。〈糸無き傀儡〉なる奇妙な「劇団」とのことだったが。イーガンと名乗った騎士は周囲の怪物たちを片付けると、込み入った口上を述べて退場していった。そのあと、アヴァが姿を現し「助けに来たけど必要なかったね、騎士様に感謝さ」とだけ告げて去った。あの「先輩」は完全に当てにしていいものでもなさそうだ、とジェイは改めて認識した。
ザロモンは二人に声をかける。「やあジェイ、相棒のお嬢ちゃんも無事で良かったよ。これは一体何なんだい。みんなしてあっけに取られた顔じゃないか」
「……ああ、すべてそれどころじゃなくなった。敵は消えたし、これが開いた瞬間に混乱は嘘みたいに収まっちまったんだ。
こいつは迷宮だ。新しい迷宮が、街中にいきなり生まれたんだよ。これからこの街はまた大騒ぎになりそうだぜ」
ザロモンも穴の中を覗き込む。
そこには広大な空間があり、その下には大地が広がっていた。
まるではるか上空から地上を見下ろしているかのように。
眼下の緑豊かな平原の中心には、巨大な都市が見えた。
第二章 完




