第十話 烏の騎士
帝国人なら〈混沌の尖兵〉とでも呼称するであろう赤い巨人は、〈薬缶〉という簡単な通称名が付けられた。
彼らはそう動きが早いわけでもないし、この前出現した大狼のほうがよっぽど手ごわい、雑魚だとの見方が冒険者間では強かったが――
「オイ、姉さんなにをするんだ!? 日ごろの恨みか!? 確かに少しばかり借金返済が滞ってはいるが」
魔力の刃をトリスタンは空間魔法で防いだ――一瞬、空間を歪めてあらぬ方向へ到達させた――オルテンシアが乱戦のさなか、いきなり向きを変えて自分に攻撃を放ったのだった。
「お前が紛らわしい顔をしているから悪い……と言いたい所だが、これは恐らく薬缶どもの仕業だ。精神汚染が発生している。なんとも面倒だ」悪びれもせずオルテンシアはそう言い放った。どうやら周囲でも同じように同士討ちが巻き起こっている。何かがおかしかった。
すぐに〈災厄の守人〉たちが町中に音声を流し、敵の能力について知らせた。
『〈守人〉より告ぐ! 〈混沌聖典〉が局地的災厄を放った! どうやら敵と味方の区別が付かなくなっているようだ! これを防ぐ手立ては目下のところ、ない! これより対策を伝える――』
後に続く言葉は、冒険者たちにとって極めて簡単で気に入るものだった。
『無差別に攻撃し続けよ! 防げぬ者は犬死せぬように街を離れよ! 以上、健闘を祈る!』
さっそく冒険者たちはそうした。魔法、剣、銃、爆弾、レンガ、それらで手当たり次第に周囲を攻撃し破壊する。敵も味方も、作戦なんてものもない、混沌聖典の望んだような騒乱がそこにはあった。しかし彼らは王国の冒険者、そう簡単に倒れることはなく、巨人たちが次第にその数を減らしていった。
ジェイとフランは、姿を消してはいたがいつ流れ弾が飛んでくるかわからない街を疾走し、どうにか安全な場所を探していたが、そんなものはなさそうだった。
「ヤバすぎんだろ! この街はどうなってんだ! 気をつけろフラン、とんでもねえ乱戦だ! こいつぁちょっとした自然災害だな!」
「分かっています、ここから離脱しなくては……」
彼女は言いかけて、突然倒れた。
額から血が流れている。投擲された石が図らずも彼女に命中してしまったようだ。
ジェイは相棒が負傷したこと、そして魔法が途切れ、自分たちの姿があらわになったのを理解し、青ざめた。
眼前にさっそく、一体の〈薬缶〉が立ちふさがった。
逃げなくてはならない。しかし、フランを置いては――いや、見捨ててとんずらだ。命あっての物種――
そう思いつつ、ジェイは〈寄波〉を抜いていた。
「こんなことしてる場合じゃねえ……クソ、どうなってんだ」
この状況そのものか。フランを気絶させた誰かに対してか。あるいは自己の魔法に自信を持っていたが、あえなく倒れたフランに対してか。
それとも自分に対してか、ジェイは焦りと苛立ちで叫び、剣に魔力を通して巨人に向けて駆けた。
〈薬缶〉の口から熱線が放たれる直前、その巨大な頭部はごろりと地に落ちた。
ジェイは呆然とする――なんだ? フランと同じく流れ弾が命中したのか?
「さあさあ、お集まりの皆様方」
不意に、低くよく通る声がした。それ以外の、周囲の戦闘の音すべてが消えたように感じた。
「無謀なる戦いに挑みし異国の英雄。窮地に置かれた少女。迫りくる魔の手。ささやかながら助太刀に入るのは、見知らぬ騎士――」
そこにいたのは奇怪な人物だった。
昔の騎士のような輝く鎧に身を包んでいる。時代錯誤なそれは、芝居がかった身振り手振りと相まって舞台衣装のようだ。
そして、フランのものと同じような材質の、黒いマスクで顔全体を覆っている。彼女のものとは違い、鳥の頭のような形をしていたが。
性別すらも分からぬ怪人は白銀の剣を抜いて、ジェイと同じく立ち尽くしている怪物へと向け、口上を述べる。
「武装劇団〈糸無き傀儡〉、此度の一幕は――『烏の騎士イーガン、現る』。その果てに待つは、栄光か死か。かくして賽は投げられる!」




