第十話 宴
〈酔漢〉の黒い尻尾を見せると、グレイスはあまり興味のなさそうないつもの顔で、サインを求めた。
フルネームで本名を書こうとしたが、「頭文字だけでいいわ」と言われる。フランのサインはというと、やたら流麗なものだった。
報酬は山分けしても、一週間の宿代には十分足りた。ギルドの狭い仮眠室を出て、近くの安宿に移るつもりだった。
オルテンシアは予想通り、一回きりの成功では手放しで誉めるようなことはしなかった。それが当たり前だぞ、今後もずっとそれを続けるのがな、としかつめらしく述べたが、ジェイとフランを〈帝国人〉とか〈小娘〉ではなく〈新入り〉と呼んだので、どうやら評価は上がったらしい。
ギルドにはルイスとリトもいて、この二人は素直に誉めてくれた。その日は伝統的な冒険者らしく、祝杯を挙げようということになった。
支部近くの酒場〈山羊髭亭〉にて、ギルド支部にいた手の空いた人々や近所の住民も交えて、酒盛りが始まった。あまり酒が強くないジェイはちびちびとエールを飲んでいる。こうして一仕事終えた酒宴の中にいると、〈酔漢〉を討ち取ったときよりも、昔ながらの冒険者になっていく気がした。
ドヴェルのリトは火酒をがぶ飲みしている。ルイスやフランは酒よりもむしろ食事がメインといった感じだ。オルテンシアは葡萄酒を飲んでいるようだ。
「よくやったジェイ、それでこそ男! お前さんはまさに勇者じゃ、ガハハ」
「そんな大層なもんじゃねえさ、オレは〈寄波〉とフランの力を借りただけだよ」
「いや、そんなことはないぞ」何度かギルドで顔を見たことがある、老魔術師といった雰囲気の爺さんが言った。「帝国のやつらはな、自分たちを英雄的な冒険者と思っている割には、本当の冒険からは逃げてしまうもんだ。お前さんのようにジャンプしてくるやつは珍しいが、自分の意思でこっちに来た者は何人かいた。そいつらはな、結局一ヶ月持たずに国に帰ってしまうんだよ」
「そうなんですかい、オレも魔剣がなかったらそうしていたかも知れませんがね。まあ、しばらくは続けるつもりです。まだ駆け出しだが、武器と頼れる相棒はどうやら見つけたようだし」
それを聞いてフランはピザを頬張りながら、無言で拳を固める賛同のポーズをした。
「それでこそ勇者じゃ、ジェイ!」リトが大笑しながら杯を掲げた。「既にあんたは立派な冒険者じゃ! むろんフランの嬢ちゃんもな! わしも負けてられん! 伝説を打ち立ててやるぞ」
「糧には剣を、勝利には美酒を」ルイスが古い祝福の言葉を口にする。
「やれやれ、一匹魔犬を倒しただけでこの騒ぎとは、先が思いやられるな」オルテンシアは肩を竦めて呟いた。「新入りども、せいぜいお前たちが苦労する様を見物させてもらおうじゃないか、この国は甘くはないのだ」
「素直に挑戦を祝福してあげなよ、姉さんだって、野心からラエルを飛び出したクチだろう?」
「いいかルー、私はラジオもなく車も走っていない田舎が嫌だっただけだ。あんな場所で暮らしていたらな……」
ジェイは、この街も帝都からすれば田舎だ、と言おうとしたが、皆に怒られそうだったのでやめた。




