第九話 初陣
マナ感知能力を多少なり鍛えて、帝国式魔術――外部よりのエーテル供給という手法――が、不自然なものだという認識は強くなってきている。
マナを通して世界と通じ、その有り様を限定的に書き換える古式の魔術が、やはり本来のやりかたなのだ。もちろん、帝国の手法を完全に否定することはできない。この王国でもすでに、帝国から見れば旧式の、エーテル貯蔵型魔導機械の導入が進んでいる。通信、移動、冷却、これらに使われている機械がなければ流通は途絶え、そこらの店に新鮮な食材が並ぶこともないはずだ。だが、戦闘となれば、エーテル供給もないこの地で冒険するには、古式を身に付けるしかない。
おぼろげではあるが、マナを感じることができている。それは川底の泥のようなものだ。ゆらゆらと地面をただよっているが、こちらが動けばそれに合わせて舞い上がる。部分的に濃い場所と薄い場所があり、自分を含めたすべての生物もそれを纏っているようだ。
オルテンシアとルイスを初めとして、フェルネストの冒険者たちはかなり強い魔力を体内に蓄積しているようだ――もちろん蓄積がなくとも、外部のマナを即座に取り込み、魔法を行使することはできるだろう――彼らの正確な力は、はっきりとは分からない。鼻風邪をひいたときに強い匂いを嗅ごうとしているようだ。
「フラン、今更だけどその眼鏡は大丈夫かい、落っこちたらなんも見えなくなるんじゃねえか」
夕刻、麦畑の中の十字路へ向かいながらジェイは相棒にそう聞いた。
「問題ない、いざとなればわたしは魔力でレンズを作り、視力を矯正できます。初歩的な幻術」
「隠蔽と同時に使用した場合、影響は?」
「皆無」自信に満ちた涼やかな声だった。
麦畑に入るかなり前から、フランは隠蔽の魔法を使っていた。〈酔漢〉に気づかれることはないはずだ。
ジェイはギルドから支給された、探知用の魔石を手にしている。〈酔漢〉の発見者である見張りの冒険者が、魔法で印を付けた相手を追跡するためのものだ。光が小さく矢印のように浮かび上がり、対象のところまで導いてくれる。
城壁の上から一日中、周囲の平原を監視する見張り番の仕事は、遠方の魔物を見つけてこれらの魔石を準備し、討伐係に対し支給することだ。
もし盗賊団や敵の軍隊、都市を襲おうという無謀な魔物が接近しているのであれば、その場合は門を守る兵士たちの仕事となる。
壁上で日がな一日、見張りの冒険者たちとくっちゃべっている狙撃兵たちは、ほとんど訪れることのない危機に関しては、信じられないくらいの働きを見せてくれるそうだ。あの暢気なギルも、門衛に就くということはそれなりの実力者なのだろう。
石の光が強くなってきた。まもなく、敵と遭遇するはずだ。
十字路の中心に、そいつはいた。夜のように真っ黒で、目は宵闇の中不気味に赤く光っている。
動く様子はない。近くを獲物が通るのを待っているのだろうか。ジェイたちがいることには、まったく気づいていない。
魔物たちはあくまで「魔界よりのマナで変化した生物」なのか、それとも「奇怪な生物の形をしている概念・現象・怪異」なのか、研究者の間でも意見は分かれている。しかし、こうして目の当たりにすると到底、変異しただけの生物には思えなかった。怪奇小説や悪夢の中の化け物が、そのまま抜け出してきたようだ。
ジェイはゆっくりと息を吐き、相棒と目を合わせて頷いた。こいつが初陣だ。
フランはというと、王国人であるためか、物怖じしない性格なためか、もしくは己の隠密術に絶対の自信を持っているためか、平静を保っているように見えた。あるいは彼女の顔が眼鏡とマスクで覆い隠されているためにそう見えただけか。
少しずつ〈酔漢〉に背後から近づき、その息遣いとおぞましいマナの蠢きが感じ取れるほど肉薄すると、ジェイは己の体と〈寄波〉に魔力を篭め、渾身の力で〈酔漢〉の心臓に向けて刃を突き刺した。
肉を突く嫌な感触があるかと思ったが、〈寄波〉の刃は何の手ごたえもなく、心臓の一部を含む組織を、ほんの少し離れたあぜ道に放り出した。
角笛のような断末魔とともに、〈酔漢〉は息絶えた。
空は深紅から、墨を流したような漆黒に染まり始めている。あるいは、とどめを刺してからしばらくの間、剣を手に立ち尽くしていたのかもしれない。顔にかいた汗が冷たかった。
ジェイはまた、深く息を吸い、吐いた。
「よく切れる剣で刺すって感じじゃねえな。掃除機で細かいゴミを吸いだすってとこだ。なんてこった、やったぞ」
剣を収め、フランを振り返る。
彼女は頷き、相変わらずの涼やかな声で言った。「混沌は我らに微笑んだ」




