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Adventurer J/隣国への転移  作者: 澁谷晴
第十章 不死の旅人
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第二話 宿場町

 空は常に煤けたガラスを通したように暗い。正常な方の目で見てもこれだ、どうやら己の魂魄に濁りが生じているせいだろう、とジェイは察した。


 復活に当たったディヌイアルがしくじったわけではなく、蘇った者には少なからず起こりうることだ。もっと重篤な後遺症だってあり得るのに、これだけで済んでいるのなら僥倖と考えるべきだろう。


 目下のところの問題は、追跡者どもだ。アズルヘルムの異端審問官がジェイの持つ呪具を回収するために、そして聖騎士でありながら屍術によって蘇った反逆者を始末するために向かっていることだろう。


 彼らに遭遇し、撃退できたとしても、さらなる刺客はやって来る。今はまだ下級の審問官が向かっているだけだろうが、こちらの実力が危険視されれば、〈雲翳《クラウディスカイ》〉という裏仕事専門の部隊が差し向けられ、速やかに自分の二度目の生は終わりを迎える。


 できるだけ早く、ブリガンズヘイヴンより離れなければ。まずは代わりの車を確保したかった。


「事情を知らずに乗せてってくれる親切な人がいりゃ話は早いんだけどな、例えばコルニスタンへ向かう商人とか。最高なのは飛行機だけど、私の手持ちじゃあな」


 飛行機は数が少なく、新造する技術がほぼ失われている。それらを所有しているのは、各国の空軍とか大金持ちだけだ。


 アズルヘルムも、王国を巡回する部隊〈恒風《プリヴェイリングウィンド》〉が搭乗する飛行戦艦〈雲居(ウェルキン)〉を擁するが、これは今やジェイの敵であるし、これを乗っ取るのはほぼ不可能だろう。〈浮雲〉から託された呪具を守るため、そして竜の討伐すら睨んだ戦力の数々――グリフィンライダーたちに魔術士、さらには呪具の使い手――これらが船を見捨てて逃げでもしない限り、奪還はあり得ない。


 商人たちも、特にコルニスタン人は用心深く抜け目がない。迂闊に近寄れば通報される恐れもある。とくれば、どこぞの世間知らずの新米冒険者なんかが狙い目だろう。うまいこと護衛を買って出て、そいつにくっついて行く。車を持ってて人を疑わない、いいとこのボンボンか何かが道楽でやってるようなのがいい。いや、それだとそいつにも鋭い護衛が付いてる恐れがある。単独で、家を衝動的に飛び出してきたようなやつがいい。もちろん早晩、自分より悪辣な盗賊かなにかの手に落ちてしまってるだろうけど。


 いや、盗賊か。それも狙い目だ。車を強奪しても文句を言わないようなやつがいい。それとも手っ取り早く、そこいらで車を盗んじまうか。もっともこの街道は、なかなか人が通らないけど、逆に言えば目撃者がいないってことだ。魔剣〈閃滅(フラッシング)〉をぶちかまし、気絶させて……ともかく、次に車が来たらまずはヒッチハイクを試みて、だめそうなら力ずくで……


 そう思っていると、地響きとともに何かが迫ってくるのをジェイは感じた。それは車ではなく、巨大な狼だった。背中に乗っているのはエルフの女で、彼女はキャンディとジェイに気づいて止まった。彼女の周囲はジェイの穢れた視界の中でも明るく、蒼穹が浮かび上がっている。


「こんちは、お二人さんは徒歩で旅してるのですか?」快活な声でエルフは挨拶する。


「車だったんだが川を強引に渡ろうとしたらぶっ壊れちまった、それからは歩いて旅してる。コルニスタンに向かってんだけど、もしその狼とあんたに余裕があるなら乗せてってくれないかい? 道中の護衛は私らが引き受けよう」


「そりゃありがたい話ですね、こいつの上から魔法を撃つのはなかなか難しいもんでさ、やろうと思えばできますが、楽できるならそちらのほうがいいですから」


「前金として食い物を取っといてくれ、あと現ナマ」ジェイは亜空間から食料と水、金を出して渡そうとするが、


「ああ、後でいいですよ、とりあえずこの先の宿場町までかっ飛ばします、魔物が来たらご活躍を期待しますよ。あたしはアッロドラ」


「私はジェイ、相棒はキャンディだ。では乗せてもらおう」


 狼はよだれを垂らしながらジェイたちを凝視していたが、ごく大人しかった。


「振り落とされんようにしがみついてくださいねジェイさん」


 そうして走り出した狼は、風のように早かった。


   ■


 宿場町〈デレクズイン〉は、学術都市エボンウィングと同じく、起源となった建物と同じ名で呼ばれる町だ。その名の通りデレクという名の男が経営していた宿が始まりで、それはカルドランド建国の少し後、国を築いた偉大な王の名を付けられた冒険者が、災厄の残滓たる魔物が徘徊する荒野を開拓し建てたものだった。


 町は妙な気配で満ちている。ひりついた空気の源は、侵入者をじろじろと見る住人たちの視線だ。


「宿場町にしちゃあ、よそ者を歓迎するって空気じゃねえな、何かあったのかね、ここで」


「そこらの酒場で事情を聞けるかもしれません」


 狼は従魔の印である鈴がついていたが、人々は疑わしげに見つめている。アッロドラは縮小の術を使い、小型犬ほどに狼を縮め、懐に潜り込ませた。


 スイングドアを潜り抜けると、薄暗い店内にいた冒険者らしいやつらが、住民と同じくジェイたちをじろじろと見つめた。


 カウンターへ行きジェイはバーテンに、ミルクをくれ、と注文する。客たちがげらげらと笑い声を上げた。


「おう姉さん、まだ乳離れができてねえみたいだな! 今すぐこっから出てってママのいるおうちに帰りな!」


 近くのテーブルにいた男がジェイに近づきそう言った。


「全世界の酪農家の皆さんに聞かせたいありがたい台詞だな? そういうおたくはエールが好きか?」ジェイは男の持つ杯を見て言った。「なら私から奢ろうじゃねえか……樽一杯ぶんな」


 ジェイが臨戦体勢なのに気づいた男は杯を置く間もなく身構えたが、視界からこのよそ者の女が消えたと思ったときは、既に空中にぶん投げられ、酒場の隅にあった樽に突っ込んで、頭からエールを引っ被る羽目になった。


 キャンディはいつものように物言わず、それを見ている。アッロドラは呆れ顔だ。


「ジェイさん、いきなり何をおっぱじめようってんですか?」


「ここの連中はいささか堅すぎる、初対面の紳士たちと友情を結ぶにはこれが一番だ」


 他の客もジェイに殺到する中、彼女は椅子を引っつかんで片っ端から周囲の人間をぶん殴り始めた。

 かくしてこの来訪者は、到着して数分でデレクズイン全体にその悪名を轟かせたのだ。

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