第三話 二大家
「――と、いうわけです姐さん、あっしが知ってることはこれで全部です」
ジェイにぶん投げられエールを浴びた男、〈速足のマック〉は床に座ったまま説明を終えた。ジェイはミルクを飲みながら頷く。
「なるほどねえ、街を支配する二大勢力の争い、その最中だったとはね」
「へえ、もともとブラックヘルム一家とチェイナー一家は〈宿六デレク〉――ここを築いたもんですが――の子孫同士で、仲良くやってたわけなんですがね、ここ数ヶ月で急にこんなことに」
最初はごく小さな小競り合いだったが、先週ついに、ブラックヘルムの経営する宿に火をつけられ、一家が焼け死ぬという惨劇が発生した。目撃者もなく犯人は不明のままで、チェイナー一家はよそ者がやったと主張しているが、現在では睨み合いが続き、いつ全面抗争に発展してもおかしくはない。傭兵だの暗殺者だのをどちらの家も雇い入れたという噂すらある。
「それであれかい、私たちがその雇われた用心棒かなにかと思われちまったってわけかい? それであんなにピリピリしてたのか、街の連中は」
「へい、外から来るやつらに対しては皆敏感になっちまってて……」
「だがあんたらときたら、ずいぶん喧嘩腰だったじゃないかい?」
「そ、それは……姐さんがそんなに強くなさそうだったんで、とっととこの街から出てってもらうために……」
「そこでさっきみたいな心温まる気遣いを発揮したってわけか? その親切心、もう一樽エールをご馳走したいくらいさ」
それを聞いてマックが呻くのに笑い、嫌そうな顔の店主にジェイは酒代と迷惑料を手渡した、アッロドラが言う、
「ジェイさん、長居は無用です、こっから出たほうがよくないですか」
「何を言うんだい、いいとこじゃないか、気に入ったよ。その二大家にも挨拶に行かなきゃな」
「あ、姐さん、妙な真似は……」焦るマックと周囲の冒険者たちだったが、
「妙な真似? 私は筋を通そうとしてるだけさ、客とはいえこっちは新参者、滞在中よろしくってひとこと言うだけさ、何も妙なことなんてありゃしない」
アッロドロに先に宿の部屋を取っておくように告げ、ジェイはキャンディを伴って酒場を出た。住民たちはさらに警戒を色濃くし、ひそひそと囁き合っている。
空はジェイの視界で相変わらずどんよりと曇っているが、彼女の内心は晴れやかだった。考えてみればアズルヘルムのやつらも、そこまで警戒する必要もないかもしれない。すべて生まれ変わった自分の力と、隠し持った呪具、そしてキャンディの力を借りて返り討ちにすればいいのではないか。いざとなればこちらが暗殺者でも雇い、追っ手を片付けてしまえばいい。この澄み渡った気分は、先輩の計らいか? 聖騎士だったころの自分ももはや曖昧だが、今から再びそうなれるとしても、選択することはないだろう。今や自分は冒険者、いや、ただの荒くれ者、流れ者だ。
マックから聞いた、ブラックヘルム一家の住まう地区に近づくと、通りを家名通り黒い兜を被った集団が塞いだ。
「ああ、これはこれは皆さん、お出迎えいただき真に――」
というジェイの言葉を無視して、
「お前は何だ、よそ者? チェイナー一家に雇われた用心棒か?」
頭目らしい年嵩の男がそう聞いた。
「場合によっちゃそうなるかもしれないね、あんたらと向こうにまずは挨拶をと思って来たのさ、歓迎してくれるのかい?」
「厄介ごとを持ち込むな」頭目が言うと他の男たち――ブラックヘルムの私兵と思しき集団は、ジェイとキャンディへ一斉に銃を向けた。「今すぐここから出て行け、それが最善だ」
「こちらは善意で協力しようと思ったのにその態度はないじゃないか。ならこうしよう、私がそれなりの実力者だと今から示してみせよう。雇う価値ありとそっちが判断してくれれば、そのときはこの手荒い歓迎も水に流す。チェイナーのやつらをぶっ飛ばすのに、強い手駒は必要不可欠じゃないかい?」
しばらく頭目は黙考し、部下の一人に命じて、少し離れた場所にある柵の上へ林檎を置かせた。
「あんたの銃でそいつを撃ち抜け、そうすりゃボスに会わせてやる」
ジェイは息を吐き、〈竜騎兵〉を手にした。全身のマナを確かめる。それは淀んでいたが、その流れのすべてを把握できた。
銃声のあと、林檎は無傷だったが、頭目の男がジェイに向けた呆れた顔はすぐ驚愕に変わった。
彼のガンベルトが地面に落ちたからだった――ジェイは銃弾の軌道を曲げ、脇にいた頭目のガンベルトの金具を狙ったのだ。
「食い物を粗末にするのは良くないからね。これでどうだい?」
頭目は無言のまま頷き、ジェイは林檎を手にして齧りながらブラックヘルムの本宅へ招かれた。
■
男は護衛隊の長、カールと名乗った。邸宅は古びてはいたが庭付きで、それなりに立派に見えた。客間に通されたジェイの前に、ブラックヘルム一家の主、ジャスティンが現れた。盗賊ギルドの幹部といった雰囲気の、悪辣そうな老人だった。
ジェイはあることに気づいた、この人物の周囲は、常に曇って暗い視界の中で、明瞭に見える。
「貴様の話は聞いた、酒場で大暴れしたそうだな、ジェイといったか?」
「さっそく名前を覚えていただいて光栄だ、旦那。私は侮辱に対する我慢がきかないたちでね、あなたもそうじゃないのかい?」
出されたワインを飲みながらジェイが不遜に言うと、ジャスティン・ブラックヘルムは首肯する。
「先に手を出したのはチェイナーだ。やつらはこちらの商売、酒の卸しに対して高すぎるといきなりケチをつけ始めた。これまでずっとこの値段でやってきたのにだ。挙句、酒場の店先に犬の死骸を置いたり、酒蔵に泥を撒いたりといった嫌がらせを続け、仕舞いには神をも恐れぬ放火殺人だ。おまけに保安官を抱えこみ、やつらは好き放題、温厚なわしもあの非道なゴミどもを見逃すわけにはいかん」
「なら、とっととケリをつけちまえばいいじゃないか、私とカール隊長と、彼の頼れる部下たちで殴りこんで、皆殺しにするってのはどうだい、例えば今日これからとか」
ジェイの言葉に老ジャスティンは顔を顰めて言う、
「簡単にはいかん、チェイナーはエルフの魔道士どもを従えておる。抗争にカタを付けるのはいい、だがこちらの部下が損なわれるのはだめだ」
「それで誰かが助けてくれるのを待ってたってわけかい? なら絶好の機会だ。この私と相棒のキャンディが加われば百人力ってものさ」
老人は黙って考え込んでいる。この期に及んで、どうにかして穏便に済ませようとでも思っているのだろうか? 既にチェイナー一家との関係はどうしようもないところまで来ている。ならば、どちらかが消えるしかない。街を出るか、殺されるかして。
「まあ、あなたが思慮深いらしいということは分かった。長年仲良くやってきた相手が、突然おかしくなった理由を知りたいんだろう? 例えば、外部の誰かに唆されたとか」
「可能性はあるな、貴様のような妙なやつがチェイナー一家に入り込んだ可能性は」
ジャスティンの渋面にジェイは笑顔を返す。
「私がそれを探ってくるさ、大船に乗ったつもりで待っていてくれよ」




