12.犠牲
激闘は続いた。
勇者ハーディとカヴィナは大した準備をしてきたわけではなく、エグリの準備万端な村に迂闊にも攻め入ってしまった格好となった。それでも地力が違いすぎるため、魔物の村は劣勢だった。
たった二人を相手にして、しかも大勢で包囲しているという状況にもかかわらず、劣勢だった。
魔法使いカヴィナの支援魔法、勇者ハーディのずば抜けた剣術。これらにより、魔物の村の兵力はすでに半分以下に落ち込んでしまっている。
死んだ魔物も多い。それは仕方がない。彼らも勇者を倒すための礎になることを望んでいたし、最初から死を覚悟していたのだ。
エグリはためらったが、ここでこれをしないわけにはいかない。本来ならしたくない策略ではあった。
最後の手段としか言いようのない、それを。
だが、もう勇者ハーディたちは大包囲を突破しつつある。魔法使いが大魔法でまとめて吹き飛ばそうとするのを邪魔し続けるのも限度があるだろう。
ソールが報告してくる残りの軍勢ももはや壊滅まで秒読み単位だった。人間の部隊ならとっくに壊走しているところだ。
魔物たちにも神を信仰する風習はある。このとき、エグリは神に祈った。
善でも悪でもない、恵みの神に対してだ。この神は回復魔法の力の源ともなるものであり、善悪を問わず傷ついたものに力を貸す。この神に祈り、そしてエグリは魔力を解放した。
次の一瞬、死んでいた魔物たちが復活した。
全員が、魔力を吹き込まれてよみがえったのである。キサと同様、ゾンビとなり、立ち上がり、勇者たちに向かっていった!
これを勇者ハーディたちは全く予想していなかった。当然である。
膨大な数の敵を苦難の果てにようやく討ち果たそうとしていたときだ。その場に山と積まれていた死体が全て復活し、襲い掛かってくるなど悪夢以外の何者でもない。
「バカな! 畜生、どうなってる!」
「落ち着け、このくらいどうにかならないわけじゃないだろう」
叫びだしたハーディを嗜めるカヴィナだが、彼女も限界を感じつつあった。
緊張の糸が切れてしまったのだ。
もうすぐで終わるというところで、追加を頼まれてしまったこと。精神的な疲労が一挙にやってきていた。どうにもならないとさえ、思える。
「手を動かせ! 喋ってる暇なんかあるのか!」
「お前から話しかけてきたくせに!」
疲労をごまかすために二人はそれぞれに怒鳴り声をあげ、必死に戦い続ける。それは、勇者と呼ばれた者の最後の誇りといえる。
自分たちを頼りにする民衆がどれほどいるのかという、その重みを知るゆえに、ここまで戦うのだ。絶対に負けられないのだ。彼らが滅びてしまえば、人間たちはもはや誰も頼りにできない。気落ちするだろう、絶望するだろう。そうしたことをさせてはならない。
倒れてはならない。
どうあっても、この囲みを突破して、敵の首魁を討ち取る必要があった。そうしなければ人間たちは希望を持てない。
負けられない。勝たねばならない。
粘り強く戦う勇者たちは、人間の精神の限界を超えていた。
一方の魔物側はこれほど勇者たちが耐え抜いていることに、驚愕していた。一瞬、彼らが疲労の色を見せたときにはこれで勝ったと確信すら抱いたのである。だがそれにもかかわらず、敵はいまだに戦いをやめない。こちらにも死者が増えている。
「まずい」
この流れを見たエグリは、不安を覚える。勇者たちは、さすがにただの人間ではない。
これほどの苦境であっても乗り越える。押しつぶされようとしていても、追い込まれただけ力を発揮して押し返してしまう。
そんな気がしたのだ。
現場で指揮をとっているソールにしても同じことである。いや、エグリやソールだけではない。ここで勇者と戦う魔物全てが、予感を抱いた。
このままでは負ける。押し返される。
そうした不安は、戦いをやめようともせず、剣の動きも鈍らせない勇者の動きを見ていると益々濃くなってしまう。
ソールはこうした負の感情が軍の中に広がるのを感じてしまい、これを振り払うように叫ばざるを得なかった。
「負けるな、押しつぶすんだ! 奴も疲労しているに違いない、火事場の力など、ほんの一押しで崩れるものだ!
今ここで奴を倒すんだ、勇者さえ倒せばそれで人間どもとの抗争は全ておしまいなんだ」
しかしそうした叫びも空しい。次々と味方は討ち取られ、勇者の功績を増やすばかりだ。
互いにもって、必死に争う。これ以上はないというほど、戦いは苛烈だった。
敵も味方も疲労の極地にありながら、しかし徐々に押されている。
予感が的中しつつあった。
だが、ソールはここで勇者を仕留めることを諦められない。尚も突撃し、一矢でも一太刀でもその体に浴びせんとするが、それまで静観していたエグリが高い声で叫んだ。
「全軍撤退!」
何故だ、という声が咽喉元まで出かかる。ソールとしては、ここは絶対的に粘るべきところだと思うのだ。
しかし全軍を統括するのは間違いなくエグリ。その命令は絶対である。
勇者たちの相手をしていた者も、必死に彼に食らいついていた者も、とにかく村の中に逃げ出した。
突然の敵の離散に、勇者も拍子抜けする。瓦解した。敵が引き上げていく。
これは、勝ったか!
ハーディはそう考えた。自分たちの頑張りが、無限にも思えた敵を跳ね返した! そう思うことも無理のないことだ。
敵は一対一の誇りある戦いなどネズミの糞同然に考える魔物たちであり、集団での数に任せた戦いが基本の下劣な奴らである。自分はそれに対してカヴィナの援護があるとはいえ、少数で挑む勇者なのだ。
高揚していた。ついに、押し返して、苦難を乗り越えて、勝ったのだと。
「追撃しろっ!」
逃げる敵の背中を切り裂き、勇者ハーディは前進する。
全力で撤退する敵を追いかけ、できる限りここで数を減らす。戦略上それは重要な仕事だった。当然のことだ。
しかし、彼の前にあらわれたのは少年一人。一羽の小さな鳥を連れている。
「止まれ、ハーディ」
魔法使いのカヴィナは突撃するハーディを止めた。相方に言われては仕方なく、勇者もその場に足を止める。
カヴィナはこの、目の前にいる少年を知っていた。
かつて、自分から逃げ出したゾンビのうちの一人だ。
「お前がここのボスなのか。私たちとやるつもりなのか?」
ほとんど理性を失いかけていた頭を必死に落ち着かせ、冷静に、まずは問いかける。
カヴィナはこの状況ではまず間違いなく勝てると見込んでいる。ゆえに、敵のボスがただ焦れて出てきただけではないと考えた。さすがに敵もそれほど愚かなことはすまい、と。
しかし彼の発言は、カヴィナたちの予想を超えていた。
「武器を下ろしてください。これ以上争ってもあなたたちに利益を生みません。
すでに、決着はつきました」




