11.決戦
勇者たちがやってくる。
エグリたちはその情報を随分早くからつかんでいた。というよりも、そうさせることを狙っていたのである。
仮住まいを増やし、村といえるほどの規模にしたこともそう。付近の住民に対して相互不干渉をもちかけたこともそう。
勇者をここにやってこさせることを目的にした行動だったといっても、過言ではない。
そうすることを決めたのは、エグリである。
「予定通りだろう。ゴージャス王国は恐らく出発式などをやるだろう。少なくともこれに丸一日をかけるのは間違いない。
だから、本格的に備えるのは明日以降になる。今日はまだ、それほどの警備はいらない」
最初に立てた仮住まいの最奥にいるエグリが冷静な声で言う。
そして、彼の前に並んで彼らの声を聞いているのは、数十名の古参メンバーだった。
さらに家屋の外には二百名近い魔物がいる。数ヶ月かかって集めてきたのだ。
いまやこの村にはそれだけの魔物が住まっている。全員が勇者を憎しみの対象にしており、一矢報いるためなら命をなげうつことも厭わない戦士である。
村の近くに行き倒れてしまった旅人はエグリが魔力と分体を吹き込み、近くで潜み続けていた魔物はキサやソールが説得して仲間に引き入れた。それを続けてきた結果がここにある。
エグリたちは十分に戦力が集まったと判断していた。勇者に一泡吹かせるには十分だと考えていたのである。
だからこそ、自らの存在を示した。魔物の村と名乗り、人間たちとの接触をもった。
だが、こちらからは危害を加えていない。あくまでも、エグリの目的は勇者への報復と旧領の回復なのだ。それだけなのだ。
戦うのは当然だ。だが、それを必要以上に拡大することはしない。
魔法生物のエグリは仲間たちとともにやってくる勇者を迎えうつ。
士気は高かった。全員が必ずや勇者を討ち取って見せると息巻いている。
だが、勝算はそれほど高いとはいえない。とはいえ勇者が相手なのだ。勝つ見込みがあるだけでも上出来といわねばならない。
予定通り、翌日の昼頃に勇者はやってくる。
魔法使いカヴィナの魔法によって、到着。かなり近い位置に来たようだ。直接村まで乗り込んでこないのは罠を警戒しているからだろう。
「では、皆。間もなく勇者が到着だ。
派手に歓迎してやってくれ」
エグリは全員に命令を出し、自らも戦いに備える。
命令はすぐさま魔物全てに伝わり、彼らは勇者への一番槍を目指して突撃していく。
アーマーベアや、ファング・グリズリーもいる。巨体を生かし、一気に勇者を押しつぶさんとする。
やってきた勇者たちは気だるそうにしつつ、彼らを刺し貫いた。
積年の恨みを込めた突進も、噛み付きも、勇者たちにはまるでそよ風のようだ。飛んできた木の葉のように優雅にかわし、剣で殺していく。疲れもなかった。
彼らを足止めするため、必死に突撃する魔物たちは波のように続いたが、勇者たちの力は圧倒的だ。魔法使いのカヴィナが次々とその力を弱め、動きを鈍くする。そうしたところを勇者が遠慮もなく刺し貫き、殺す。
まるで作業のようだ。
「所詮は魔物だな。見ろよカヴィナ。なんのかんの言ったってこんなもんだ。
頭のいい魔物なんているわけねーぜ」
「まあ、そうらしいね。けど一応警戒しておいたほうがいい。彼らにはまだ未知の力があるから」
余裕綽々のハーディに、カヴィナは警戒を促す。だが、その懸念は勇者に伝わらなかった。
「大丈夫だって。あいつらバカなんだからよ。
人間様に知能でかなうわきゃねーんだ」
「油断はするなよ」
「まかしとけって。何だったらお前は休んでてもいいぜ。こんなところにいるのはただの残党だろ」
カヴィナは否定しなかった。それは事実だからだ。
だが、かつて自分をわずかでも驚かせたあの気配は気のせいではない。敵がもっている戦術の一つだと思われる。となれば、敵の頭が悪いと決めてかかるのはあまりにも無謀と思われた。
「それによ、お前の大事な人間たちはみんな、魔物がいなくなることを望んでるんだぜ」
なるほど、それは確かだ。ハーディもたまにはまともなことを言う。
魔法使いはひとまず目の前の戦いに集中するべく、杖を握りなおした。
一方、魔物たちは次々とほふられている。二十以上の魔物が既に殺されてしまった。
この事態は予想よりもひどい。損害が大きすぎる。
「エグリさま。敵がもう、村の入り口まで来ました」
「ああ。ソール、君は怪我をした魔物たちを助けるようにして、彼らの裏側にまわってやれ。
今なら助かる魔物も多いはずだ」
エグリは冷静に指示を出す。確かに予想外に敵の侵攻速度が速かったが、絶望的ではない。まだ取り返せる。
突破されてしまった魔物たちも全員が死んだわけではない。怪我ですんでいる者もあるはずだ。彼らを魔法で治療し、復活させれば挟み撃ちにできる。
「かしこまりました」
指示を受け、ソールは風のように走り去る。建物に残っているのはエグリ一人だけになる。
彼は悠々と歩き、外に出た。広い村ではないので、そこからでもハーディたちが戦う気配は知れた。
仲間たちが次々と傷つき倒れていく姿が見えるのはつらいが、エグリがそこから目をそらすわけにはいかない。
「みな、耐えよ。我らが持ちこたえねば魔物は全て滅ぼされるぞ!」
似合わぬ言葉で檄を飛ばす。
しかし、次々と魔物たちは狩られていった。元々勇者たちになす術もなくやられてしまった種族の集まりなのだ。当然の結果といえるかもしれない。
だがそれでもただ無為に屍となってはいない。魔物たちはどれほど見苦しくとも必死に勇者たちに食らいついていた。腰から切り離されようとも両腕で勇者にしがみつき、動きを封じようとする。斬られた傷口から体液をことさらに噴き出す。
泥臭く、みっともないといえるような戦いだった。
さすがの勇者もこれには辟易としてきた。彼の使う剣も血を吸い、切れ味が鈍っている。
戦いにくく、疲労がたまってくる。魔法使いのカヴィナが色々と魔法で回復し、刃や体を洗い流してくれるが、それでも重くなった腕を振るうのは億劫に感じられてくるのだ。
カヴィナはハーディのこうした苦労をわかっていたが、そこまでサポートできない。彼女に襲い掛かる魔物もいるし、周囲に仕掛けられた周到な罠の数々の解除に忙しかったからだ。地面に仕掛けられた爆発魔法の解除、幻惑魔法、霧の魔法の解除、そうしたことに集中力を裂く必要があったし、自分の身を守る必要もあった。勇者ハーディのサポートに専念などできはしない。
「少し、なめてたか」
そう思わざるを得ない。所詮は魔物、という思いがハーディほどではないにしろ彼女の中にあったのだ。
以前にうまく逃げられたことで今度こそは、という気持ちが増えていたことは事実である。だが、だが。
「そうか」
思い当たる。
カヴィナは二人の子供ゾンビを逃がしたことを思い出し、敵の抵抗の激しさを理解する。
つまり、彼らも生き抜くために必死なのだ。ここで負ければ終わりだということを、彼らも知っているのだろう。
カヴィナはかつて魔物に攻められた村に出向いたことがある。そこでは人々が魔物にいいように嬲られ、殺され、食われていた。同胞がやられいく姿を地獄だと感じたハーディとカヴィナは、攻め込んできていた魔物たちを怒りに任せて駆逐した。
その後に魔物たちの親玉らしき者もきたが、それも討伐したのだ。怒っていたからだ。人間をなめるな、と思い知らせてやりたかったからだ。
だが、それと同じことを自分たちは今されているのだ、と察した。
つまり、魔物たちにも怒りがある。家族がある。仲間意識がある。これではまるで自分たちが悪ではないか。
とはいえカヴィナもここで自分が死ぬことを容認するほど情け深い性格ではない。悩むのは後だ、と気を入れなおし、目の前のアーマーベアを魔法で吹き飛ばした。
「おい、カヴィナ! 後ろからも敵が来たぞ。どうなってやがる!」
ハーディが泣き言を言ってきた。
なるほど見れば確かに後ろからも敵がいる。伏兵か、それとも先に倒した奴らが息を吹き返したのか。
どちらにしても厄介なことにちがいない。
「勇者ならなんとかしろ! ふだん女のケツばっかり追いかけてるからこういうときに自分がケツをとられるんだ。
今度からは自重するんだな」
軽口を叩き、カヴィナは腰に下げていた薬を素早く飲み下した。強壮剤だった。強い副作用があるが、この際四の五の言ってはいられない。




