初音と家神の秘密の名前
怪異がいるという納屋を見に行ったが、私には当たり前だけれど何も見えない。
形が見えるわけではないのだ。 しかし、ふと、根拠はないが頭の中に「他人の思考が刺さる」ような感触がした。
以前、お役目様とハザマ様が私を巡って口論していた時のことだ。隠れてそれを聞いていた私の頭に、お二人の鋭い視線が刺さったような感覚がして「見つかった!」と悟った時と同じだった。
何かの思考が刺さる感じがして、私は自分の意識を目頭と鼻の付け根あたりに集中させ、自身の思考をなくす。惟光さんに教わった方法で、しばらく心を澄ませてみた。
「 帰 り た い 」
あぁ、帰りたがっているんだ。
別に、何か害をなす悪霊などではない。
その外見の強烈さに、視える方々が勝手にパニックを起こしているだけなのだと感じた。
屋敷に戻ると、私は惟光さんに声をかけた。
「あの……神棚のあるお部屋で、お祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
そう願い出て、部屋へ通してもらう。
背後で惟光さんに静かに見守られながら、私は手を合わせた。 あの見えない怪異がただ帰りたがっていること、そして、どうか無事に元の場所へ帰れますようにと、真剣に祈ってみた。
すると――。
『おのがなは、 なり』
頭の中に、聞いたこともない名前が響いてくる。
『うきことあらば、このなをとなへたてまつれ』
( 様。どうか、あの怪異が元の場所に帰れますように……)
『こころえたり』
その声が響いた直後。外が、雷が落ちたようにピカッと閃光に包まれた。 三人がお茶を飲んでいた部屋の方から「わあっ!」と悲鳴が上がる。
急いで戻ると、いきなりハザマ様が裸足のまま納屋の方へ歩いて行き、北東の方角を指差した。
「おのが行くべき方は、かしこぞ。道をあくれば、去ね」
威厳のある声でそう伝える。
すると、御影様と陸様が呆然と呟いた。
「「消えた……」」
どうやら、イカの形をした怪異は無事に消え去ったらしい。
その後、ハザマ様はハッと我に返り、「???」と全く状況が掴めていない様子だった。
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家神様の名は私の中だけの秘密であり、みだりに人に言ってはいけない気がして、胸のうちに大事にしまってある。




