08 「それでもかわいいです」
「それでもかわいいです」
少女はそう言って微笑んだ。レインは何と返せばいいのか分からないまま固まっていた。ダンジョンラットを見てそんな反応をする人間は初めてだった。言葉が出てこない。チビもまた不思議そうに少女を見上げながら「キュ?」と小さく鳴くと、その場の空気が少し緩んだ。少女はその様子に思わず笑みを零す。
「ふふ」
どうやら本当に嫌がっているわけではないらしい。レインもわずかに警戒を解いた。膝の力を抜き、少女と同じ目線までしゃがみ直す。
「噛んだりはしませんから」
「そうなんですか?」
少女は興味を隠さない様子で、チビの黒い鼻先を覗き込むように顔を近付けた。
「賢そうですね」
「まあ……そこそこ」
曖昧に答えつつチビの頭を撫でると、チビは気持ちよさそうに目を細めた。その様子を少女は興味深そうに見つめている。しばらくの間、二人の間には薬草採取とは関係のない、ただ小さな生き物を眺めるだけの穏やかな時間が流れた。だが、いつまでも立ち話を続けるわけにはいかない。互いに仕事があることを思い出し、レインは膝の泥を払いながら立ち上がった。
「薬草は葉の裏を見れば分かりやすいですよ」
「あ、ありがとうございます」
少女は慌てて頭を下げた。癖のある金色の髪が、その拍子にふわりと揺れる。
「慣れれば見分けられるようになります」
続ける説明にも何度も頷き、真面目に吸収していく様子を見せる。教わったことを一つも聞き逃すまいとする姿勢に、レインは少しだけ好感を抱いた。
「じゃあ」
軽く手を上げると、少女は「あっ」と何か言いかけたものの、言葉にできずに口を閉じた。少しの沈黙のあと、ようやく絞り出すように言葉を続ける。
「……頑張ってください」
「そっちも」
短く返し、レインは草原を歩き出した。何となく振り返ると、少女は再び薬草と向き合っていた。教えた通り葉の裏を確認しては、一本を嬉しそうに採取している。その一心不乱な様子を見ていると、なぜか自分まで少し誇らしいような気分になった。
「真面目な人だな」
小さく呟くと、チビも「キュッ」と同意するように鳴いた。
その後の採取は昨日よりも順調だった。薬草だけでなく止血草もいくつか見つかり、チビの鼻も絶好調だった。昼を過ぎた頃には依頼達成分が揃っている。
「これなら黒字かな」
革袋の中身を確認し、最低限の成果に納得していた。日差しが傾き始める頃、都市へ戻る途中で見覚えのある金色の髪の少女を前方に見つける。帰り道が同じらしい。軽く会釈を交わし、互いに無理に話しかけることもなく南門を通過した。少女が別の通りへ曲がる際に小さく頭を下げたので、レインも手を軽く上げて応じる。そのまま名前も知らないまま別れた。
その夜、レインは寝台で横になりながら昼間の「かわいいですね」という言葉を思い返していた。そんなことを言われたのは初めてだ。天井を見つめたまま、思わず苦笑が漏れる。傍らで丸くなるチビの黒い毛並みを、指先でそっと撫でた。
「変わった人だったな」
呟くと、チビはわずかに尻尾を動かすだけで眠り続けていた。自分も明日は早い。そう考えながら、レインは静かに眠りへ落ちていった。




