09 ギルドでの再会
それから数日が過ぎても、レインの日々は変わらず続いた。レインはいつものように朝食を済ませると家を出た。両親に見送られ、外郭区の通りを抜ける。誰にも気付かれないように隠し場所で装備を回収すると、チビを連れて南門から都市の外へ出た。
「今日は少し場所を変えるか」
レインが呟くと、革袋から顔を出したチビが「キュ?」と首を傾げた。
昨日の採取状況を考えれば、同じ場所へ向かっても十分な成果は期待できない。そこでレインは、街道から少し外れた丘陵地帯へ足を向けた。薬草の数はそれほど多くないものの、採取に来る冒険者も少ない。競争を避けるには悪くない場所だった。
草を踏みしめながら、緩やかな斜面を進んでいく。風に揺れる草の向こうには、低い丘がいくつも連なっていた。
一時間ほど歩いた頃、レインは少し先の草地に人影を見つけた。
誰かがしゃがみ込み、地面に生えた草をじっと見つめている。同じくらいの年齢に見える少女だった。
肩まで伸びた金色の髪は、風が吹くたびにさらりと揺れた。柔らかな陽光を受けた髪には自然なつやがあり、動くたびに細い光が流れるように見える。身にまとっているのは、白を基調とした金色の刺繍入りの衣服だった。仕立ては古く、袖や裾にも長く使われてきた様子がうかがえる。それでも、布地はきちんと整えられ、細かな部分まで丁寧に手入れされていた。華やかさこそないが、粗末な印象はなかった。
腰には小さな荷袋を下げ、傍らには一本の杖が置かれている。一人で薬草採取に来ているらしい。
レインは横を通り過ぎようとした。だが、少女が手元の草を何度も見比べていることに気づき、足を止めた。
右手と左手に一本ずつ草を持ち、交互に眺めては首を傾げている。どうやら、どちらを採取すればいいのか迷っているようだった。
「どっちでしたっけ……」
小さな呟きが風に乗って聞こえてきた。
レインは思わず苦笑した。見たところ、右手の草が薬草で、左手の草はただの雑草だった。葉の裏を確認すれば、すぐに分かるはずだ。
わざわざ声をかける必要はない。そう考えて一度は通り過ぎようとしたものの、少女が困り果てた様子で草を見つめているのが気になった。
レインは小さく息を吐き、少し離れた場所から声をかけた。
「そっちじゃないですよ」
少女の肩がびくりと跳ねた。
慌てて振り返った彼女の金髪が、肩の上でさらりと揺れる。大きく見開かれた青い瞳が、突然声をかけてきたレインを捉えた。
「あっ……!」
驚かせてしまったらしい。
「すみません。驚かせるつもりじゃなかったんです」
レインが慌てて付け加えると、少女もまた慌てた様子で首を横に振った。
「いえっ、私が気づかなかっただけですから……!」
そう言ってから、少女は手元の草へ視線を落とした。少し恥ずかしそうに眉を下げ、二本の草をレインに見せる。
「もしかして……間違えていましたか?」
「はい。左の草は薬草じゃないですね」
レインが答えると、少女は困ったように笑った。
「やっぱり……。何度見ても、違いが分からなくて」
「葉の裏を見れば分かりますよ」
レインは少女の手元を指差した。
「こっちが薬草です。葉の裏にある、この白い模様が目印なんです」
言いながら葉を裏返して見せると、少女は身を乗り出すようにして覗き込んだ。
「あ、本当ですね……!」
青い瞳がぱっと明るくなる。少女は自分の手元にあるもう一本の草も裏返し、確かめるように何度か見比べた。
「こんな違いがあったんですね。ありがとうございます」
「いえ。分かれば簡単ですから」
レインはそう答え、立ち上がろうとした。
そのとき、革袋から顔を出していたチビに少女の視線が向いた。
黒い小さな身体と、ぴんと立った耳。チビは少女の視線に気づくと、不思議そうに鼻をひくつかせた。
レインは思わず身構えた。
ダンジョンラットを見れば、嫌な顔をする人間は少なくない。弱い魔物だと笑われたり、どうしてそんなものを連れているのかと不思議がられたりすることもあった。
この少女も、同じ反応をするのだろうか。
しかし、彼女の表情に浮かんだのは嫌悪でも恐怖でもなかった。
「……かわいいですね」
少女は柔らかく微笑んだ。
レインは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「えっと……ダンジョンラットですよ?」
念のためにそう伝えると、少女は不思議そうに目を瞬かせた。それから、チビを見つめたまま、もう一度微笑んだ。
「はい。それでもかわいいです」
チビは「キュ?」と小さく鳴き、首を傾げた。
少女はその仕草を見て、楽しそうに笑った。
「ふふっ。今の仕草もかわいいですね」
レインは返事をするのを忘れていた。
チビがかわいいと言われたことがないわけではない。だが、少なくとも冒険者の間では、そんな言葉をかけられることはほとんどなかった。ダンジョンラットは弱く、役に立たない魔物。そう決めつけられることのほうが多かったからだ。
それなのに、この少女は何のためらいもなくチビをかわいいと言った。
「……ありがとうございます」
ようやく出てきた言葉は、自分でも驚くほど小さかった。
少女は少し首を傾げたものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「いえ。こちらこそ、薬草のことを教えてくださってありがとうございます」
その言葉に、レインは改めて少女の顔を見た。
肩までの金髪は風にさらさらと揺れ、澄んだ青い瞳はまっすぐこちらを見つめている。古いながらも丁寧に整えられた衣服からも、物を大切に扱う人なのだろうという印象を受けた。
初対面の相手に、こんなふうに自然な笑顔を向けられたのは久しぶりだった。
「僕はレインです。こっちはチビ」
「チビちゃん、ですね」
少女は名前を確かめるように繰り返し、チビへ微笑みかけた。
「私はリリアです。よろしくお願いします、レイン君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レインはそう答えながら、胸の奥に小さな温かさが広がるのを感じていた。
薬草採取に来ただけの、いつもと変わらない一日になるはずだった。
けれど、この少女との出会いは、少しだけ違う一日になりそうだった。




