10 欠けた短剣
# 10 欠けた短剣
その日の採取は、順調に進んでいた。
チビが見つけた止血草の群生地で必要な量を確保し、レインは最後の一本を革袋へしまった。
「今日は悪くないな」
そう呟き、腰の短剣を鞘へ戻そうとした、そのときだった。
ガリッ。
耳障りな音がした。
「……ん?」
レインは手を止め、短剣を抜いて刃を確かめた。刃先に、小さな欠けができている。
「またか……」
思わず溜息が漏れた。
何度も研ぎ直して使ってきた中古の短剣だった。刃は以前より細くなり、錆や細かな傷も増えている。最近では小型魔物の骨に当たっただけでも刃こぼれすることがあった。
まだ使えないわけではない。だが、このまま使い続ければ、いざというときに役に立たなくなるかもしれない。
「そろそろ買い替えないとな」
口にしてみたものの、問題は金だった。
薬草採取で得られる報酬は、家に入れる金や食事代、消耗品の補充に消えていく。少しずつ蓄えようとはしているが、新しい武器を買えるほどの余裕はない。
「……まあ、見るだけならいいか」
レインは短剣を鞘へ戻し、チビと一緒に都市へ引き返した。
夕方、報酬を受け取ったあと、レインは鍛冶屋街へ向かった。
通りには鉄を打つ音が響き、熱気と煤の匂いが漂っている。武器を修理する職人や、装備を探す冒険者が行き交う中、レインは一軒の武器屋へ入った。
壁には剣や槍、短剣が並んでいた。どれも今の自分の武器より状態がよく、刃には鈍い光が宿っている。
「短剣を見たいんですけど」
店主はレインの革鎧と腰の短剣、そして革袋から顔を出すチビを順に見た。
「テイマーか」
声には、あからさまな侮りが混じっていた。
「短剣なんて使うのか? 魔物に戦わせる職だろう」
「自衛くらいはしますよ」
レインは淡々と答えた。
すると、近くで武器を見ていた冒険者が鼻で笑った。
「テイマーが前に出るのかよ」
「連れてるのはダンジョンラットだぞ。そいつより弱そうじゃないか」
聞き慣れた言葉だった。
何度言われても、気分のいいものではない。レインは言い返さず、並んでいる短剣へ目を向けた。
今は言い争いに来たわけではない。必要なのは、使える武器と、その値段を知ることだ。
店主が一本の短剣を取り出した。
「こいつなら銀貨十二枚だ」
レインは値札を見て、黙り込んだ。
今の手持ちでも、無理をすれば買えない額ではない。だが、そうすれば家に入れる金が足りなくなる。食事代も、これから必要になる消耗品の代金もある。
結局、選べる答えは一つしかなかった。
「……もう少し考えます」
短剣を棚へ戻し、レインは店を出た。
夕暮れの鍛冶屋街を歩きながら、小さく息を吐く。
「もう少し稼がないとな」
「キュ……」
革袋からチビが心配そうに鳴いた。
「お前のせいじゃないよ」
レインはチビの頭を撫でた。
短剣が買えないのも、思うように稼げないのも、チビのせいではない。今の自分に、十分な力と稼ぎがない。それだけのことだった。
分かっているからこそ、簡単に割り切ることもできなかった。
「……レイン君、ですか?」
少し迷いながら確かめるような声だった。
「リリアさん。どうしたんですか、こんなところで」
「やっぱりレイン君でしたか。買い物の帰りです。レイン君こそ、武器屋にいたんですか?」
「ええ。短剣を見に来たんですけど……」
レインは腰の短剣に目を落とした。
リリアもそれに気づき、表情を曇らせた。
「それ、かなり傷んでいませんか?」
「まあ、長く使ってますから」
鞘から抜いて見せると、刃先には小さな欠けがいくつもあった。何度も研ぎ直したせいで刃幅も細くなり、以前の形とは少し変わってしまっている。
リリアは心配そうに刃を見つめた。
「これで魔物と戦っているんですか?」
「使わないわけにはいかないので」
「でも、危ないですよ。戦っている途中で刃が折れたりしたら……」
「それは、そうですね」
レインは否定しなかった。自分でも危険だと分かっている。
「だから買い替えようと思ったんですけど、値段がちょっと……」
言いながら、苦笑する。
リリアは何かを察したように、短剣からレインへ視線を戻した。
「新しいものは、買えなかったんですか?」
「今は、家に入れるお金も必要ですから。武器だけに使うわけにはいかないんです」
「そうだったんですね……」
リリアはすぐに言葉を返さなかった。けれど、レインを気の毒そうに見るだけでもなかった。
「それでも、レイン君には必要だと思います」
「え?」
「武器です」
リリアは真剣な表情で続けた。
「薬草採取のとき、自分で戦っていましたよね。チビちゃんと一緒に頑張っているのも知っています。だからこそ、いざというときに使えない武器を持ち続けるのは危ないと思うんです」
レインは返事に迷った。
危険なのは分かっている。だが、必要だからといって、ない金が増えるわけではない。
そんな彼の迷いを察したのか、リリアは少し考えるように視線を落とした。
「……何か、方法があるかもしれません」
「方法?」
レインが聞き返すと、リリアは顔を上げた。
「はい。少し、考えてみてもいいですか?」
その言葉に、レインは目を瞬かせた。
新しい短剣を買う余裕はない。だからといって、このまま使い続けるのも危険だ。
自分一人では、どうすればいいのか分からなかった。
「……お願いします」
レインが答えると、リリアは小さく頷いた。
「はい。私にできることがないか、考えてみます」
夕暮れの街に、鍛冶屋から響く槌の音が鳴り続けていた。
レインは腰の短剣に触れた。
この武器を、いつまで使い続けられるのだろう。
そして、リリアの言う「方法」とは何なのだろうか。




