07 丘陵地帯の少女
翌日、空は朝から厚い雲に覆われており、日差しは弱く、地面に落ちる影もぼやけていた。街全体が淡い灰色に沈んでいるように見える。レインはいつものように朝食を済ませると家を出た。両親に軽く手を振り、外郭区の通りを抜ける。誰にも気付かれないように隠し場所で装備を回収すると、南門を通って都市の外へ出た。
「今日は少し場所を変えるか」
レインが呟くと、革袋から顔を出したチビが「キュ?」と首を傾げるように反応した。昨日の採取状況を思い返すと、同じ場所では成果が期待できない。そう判断したレインは、街道から少し外れた丘陵地帯へ向かうことにした。薬草の量こそ少ないが、採取する冒険者も少ないため競争が緩いという利点がある。湿った草を踏みしめながら、風の弱い道を進んだ。遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
一時間ほど歩いた頃、レインは足を止めた。少し先の草地に、誰かがしゃがみ込んでいる。自分と同じくらいの年齢に見える冒険者の少女だった。金色の髪が風に揺れている。革製の軽装に短い杖、小さな荷袋を身に付けており、一人で薬草採取をしている様子だった。単独行動は珍しい。そう思いながら横を通り過ぎようとしたが、少女が困ったように草を見比べている動作が視界に入った。右手と左手でそれぞれ別の草を持ち、何度も見比べては採取しようとして止める。その様子を見て、レインは少し離れた場所で立ち止まった。
少女は眉を下げたまま、小さく呟いた。
「どっちでしたっけ……」
その声が風に混じって届いた。レインは内心で苦笑する。採取対象を間違えているのは、見ただけで分かった。右の草が薬草で、左が雑草だ。関わる必要はないと一度は判断したものの、本気で困っている様子を見て放置しきれなかった。小さく息を吐いてから声をかける。
「そっちじゃないですよ」
少女はびくりと肩を震わせ、勢いよく振り返った。青い瞳が大きく見開かれている。
「すみません。驚かせるつもりじゃ」
レインが慌てて続けると、少女も慌てたように首を振った。
「いえっ……!」
恥ずかしそうに手元の草を見せながら、少女は尋ねる。
「もしかして……間違えてましたか?」
「はい」
即答すると、少女の顔が一気に赤くなった。
「やっぱり……」
小さく落ち込むように呟く。レインはしゃがみ込みながら二本の草を指差した。
「こっちが薬草です」
「見分け方があるんですか?」
少女が目を丸くする。
「葉の裏です」
短く答え、葉を裏返して葉脈近くの小さな白い模様を示した。少女は感心したように頷く。
「本当だ……」
理解を深めていく少女を眺めていると、革袋から顔を出したチビへ少女の視線が向いた。赤い瞳と青い瞳が、数秒だけ静かに交わる。レインは一瞬身構えた。また気味悪がられるかもしれない。だが少女は予想とは逆に、表情を明るくして言った。
「かわいいですね」
思わずレインは目を瞬かせた。チビもまた不思議そうに首を傾げている。
「えっと……ダンジョンラットですよ?」
「はい」
少女は笑顔で頷きながら続けた。
「それでもかわいいです」
レインはどう反応すればいいのか分からないまま、少なくともこれまで一度も向けられたことのない種類の言葉を受け取っていた。




