18 慣れてきましたね
翌日の探索では、レインはいつもとは少し違うことを意識していた。自分のレベルではない。フェンとリリアだ。チビは相変わらず異常だった。進化したばかりなのに、気付けばレベルが上がっている。理由は分からない。だが少なくとも急いで育てる必要は感じなかった。問題はフェンだった。まだレベル6。戦力としては頼もしくなってきたが、三階層の奥では強敵相手に押される場面もある。レインは朝の馬車の中で話した。
「今日は経験を優先しましょう」
リリアが首を傾げる。
「経験ですか?」
「フェンのレベルを上げたいんです」
足元ではフェンが尻尾を揺らしている。自分の話をされているのは分かるらしい。
「それにリリアさんもです」
「私ですか?」
「回復役だから後ろにいることが多いですけど、戦闘経験も必要だと思います」
リリアは少し考えた後、素直に頷いた。確かに間違ってはいない。最近はレインとチビとフェンが前に出ることが多かった。リリアは支援と回復が中心だ。安全ではある。だが成長という意味では効率が良いとは言えない。
直接的に魔物へダメージを与えたのも巨大蜘蛛達との乱戦ぐらいだろうか。
三階層へ到着すると、早速方針を実行した。最初に遭遇したのはゴブリン二体。以前ならレインが前へ出て終わっていた。しかし今日は違う。レインは一歩下がる。
「フェン」
低く呼ぶ。フェンが飛び出した。リリアもすぐに杖を構える。
「身体強化」
淡い光がフェンを包み、速度と筋力が一気に強化されたフェンが間合いを詰める。棍棒を振り上げるゴブリンの攻撃は間に合わず、鋭い牙がその腕へと食い込んで悲鳴が上がった。 もう一体が横から襲いかかるが、レインが短剣で受け止める。倒すのではなくあくまで足止めだ。その隙を突いてフェンが振り向き、二体目へと飛び掛かる。 戦闘はすぐに終わり、最後の一撃もやはりフェンだった。 「いい感じですね」 リリアが笑うと、フェンは褒められたのが嬉しいのか誇らしげに胸を張る。
その後も同様に、できる限りフェンへ経験を積ませるため、レインは危険な時だけ介入し、チビも糸による妨害や視界の遮断でサポートに回る。だが、最後にとどめを刺すのは常にフェンだった。 昼頃になると変化が現れ始める。洞窟狼との戦闘では以前よりも動きが洗練され、噛み付きの鋭さが増すだけでなく、敵の動きを読む巧みさも見えてきた。 「慣れてきましたね」 レインの言葉にリリアも頷く。最初の頃は連携など到底できなかったが、今ではテイムしたばかりとは思えないほど自然に動けている。
さらに、リリアも大忙しだった。戦闘のたびに身体強化、敏捷強化、疲労軽減といった補助魔法を、魔力が続く限り絶え間なく発動していく。以前なら魔力を節約していたところだが、成長のために戦闘回数を増やして経験を積ませるため、今は惜しみなく行使しているのだ。 その結果、午後になる頃にはリリアの額にうっすらと汗が浮いていた。
「大丈夫ですか」
レインが尋ねる。リリアは苦笑した。
「魔力が少し厳しいですね」
それでも表情は明るい。魔法を使う機会が増えている。つまり自分も成長している実感があるのだろう。夕方近く。探索終了間際。最後に現れたのは岩甲虫だった。硬い甲殻を持つ厄介な相手だ。だが今回は違った。チビの糸が脚へ絡む。リリアの強化魔法が重なる。フェンが横から飛び掛かる。関節へ噛み付く。体勢が崩れる。そのまま喉元へ牙が届いた。岩甲虫が倒れる。完全にフェンの勝利だった。レインは思わず笑った。
「強くなりましたね」
フェンは尻尾を激しく振る。その様子は完全に褒められた犬だった。魔物らしさはほとんどない。帰りの馬車。疲れた様子のリリアが窓にもたれかかる。フェンは足元で眠っている。チビはレインの肩の上だ。レインは二匹を見ながら考えていた。チビは異常な速度で成長する。フェンは普通だ。たぶんこれが本来のテイムモンスターなのだろう。だからこそ余計に気になる。なぜチビだけ違うのか。なぜ進化したばかりであんな速度でレベルが上がるのか。答えはまだ見えない。それでも今は悪くなかった。フェンも着実に強くなっている。リリアも経験を積んでいる。四階層へ挑むための準備は、少しずつ整い始めていた。




