15 おっさん
翌日。レインたちはダンジョンへは向かわなかった。三階層までは安定して探索できるようになった。だからこそ次を考える必要がある。四階層。まだ踏み込んでいない領域だ。何も知らないまま挑むのは危険すぎる。フォレストディアとの戦いで、そのことは嫌というほど学んでいた。
「まずは情報ですね」
リリアの言葉にレインも頷いた。冒険者ギルドへ向かう。朝のギルドは依頼を受ける冒険者で賑わっていた。その中に見覚えのある顔を見つける。薬草の見分け方を教えてくれたおっさんだ。日に焼けた顔。無精髭。相変わらず酒場の椅子に座っている。レインたちを見ると向こうも気付いたらしい。
「おう」
軽く手を上げた。レインたちは近付く。
「久しぶりです、バルトのおっさん。」
「おっさんじゃねーっての、それよりフォレストディア二頭仕留めたらしいな」
どこから聞いたのか。既に知っていたらしい。ギルド内ではそれなりに話題になったのだろう。バルトは鼻で笑った。
「生きて帰ったなら上出来だ」
レインは苦笑した。本当に死にかけたのだから笑えない。少し雑談した後、本題へ入る。
「四階層について聞きたいんです」
その言葉に男の表情が少しだけ変わった。冗談を言う顔ではなくなる。
「四階層か」
ジョッキを机へ置く。
「ようやくそこまで来たか」
レインは頷いた。
「挑戦する前に情報を集めようと思いまして、少し教えてもらえませんか?」
「もちろんだ」
男は即答した。
「四階層から死ぬ奴が増える」
何の迷いもない断言だった。リリアも少し緊張した顔になる。男は指を一本立てた。
「まず魔物の質が変わる」
「質?」
「三階層までは小型中心だ」
ゴブリン。ラット。蜘蛛。確かにそうだ。
「四階層からは中型が混じる。代表的なのはオーク、ほかにもホーンウルフやレアなものだと岩甲の巨人」
聞いたことのない名前もある。男は続ける。
「一発が重い」
「避けられなきゃ終わりだ」
レインは自然と腹を押さえた。フォレストディアの突進を思い出していた。男はそれに気付いたのか苦笑する。
「そういう顔するな」
「フォレストディアより少し危険なくらいだ」
全然安心できなかった。
「それと」
男はさらに続ける。
「四階層から群れも出る」
「群れですか」
「ホーンウルフは三頭から五頭で動く」
フェンが耳をぴくりと動かした。同じ犬系統だから反応したのかもしれない。男はフェンを見た。
「そいつがいるなら多少は楽かもな」
「犬同士は動きが読みやすい。ややこしいのはリザード達だな」
なるほどと思う。フェンの存在は思った以上に大きいらしい。ほかにも安全地帯やダンジョンの特製などしばらく話を聞いた後、レインは礼を言った。
「助かりました」
「死ぬなよ」
男は短くそう言った。経験者の言葉だからこそ重みがあった。ギルドを出た後。今度は道具屋へ向かう。四階層へ挑むなら準備も必要だ。以前より金はある。無駄遣いはできないが、命より高いものはない。店内を見回しながら必要な物を確認する。予備の松明。保存食。包帯。解毒薬。特に解毒薬は重要だった。蜘蛛や蛇が出る以上、持っておいて損はない。店主の老婆も勧めてきた。
「四階層なら二本は持っときな」
銀貨二枚が飛ぶ。少し痛い出費だった。それでも買った。さらにリリアは魔力回復用の薬草茶を購入する。長時間探索を見据えた準備だった。買い物を終えて店を出る。荷物は少し増えた。財布は少し軽くなった。だが不思議と不安は減っている。何も知らずに挑むのと。情報を集めて挑むのでは全く違う。レインは歩きながら考える。四階層はまだ早いだろうか。それとも挑戦できるだろうか。答えはまだ出ない。だが一つだけ分かることがあった。少なくとも数ヶ月前の自分なら絶対に無理だった。今は違う。チビがいる。フェンがいる。リリアがいる。そして自分自身も少しは強くなった。レインは肩に乗るチビを見た。チビは何も考えていないような顔で欠伸をしている。その姿を見て思わず笑った。
「まあ」
レインは呟く。
「一回行ってみれば分かるか」
四階層への挑戦は、もうそう遠くないところまで来ていた。




