14 カイとの再会
探索を終えたレインたちは、夕方の乗合馬車へ乗り込んだ。今日も収支は悪くない。三階層で得た魔石や素材を換金すれば、馬車代を払っても十分黒字になるだろう。何より経験が積める。以前のように移動だけで体力を消耗することもない。レインは木製の座席へ腰を下ろした。フェンは足元で丸くなり、チビは肩の上で尻尾を揺らしている。しばらく揺られていると、聞き覚えのある声がした。
「おっ」
顔を上げると、そこには以前ダンジョンで助けてもらったカイたちの姿があった。
先頭に立っているのは、大剣使いのカイだった。二十代前半ほどに見える青年で、肩まで伸びた黒髪を無造作に揺らしながら、大剣を肩へ担いでいる。その姿には以前と変わらない余裕があった。
その隣には、魔法使いのエルザが立っていた。長い銀髪を背中へ流し、ローブを身に纏っている。整った顔立ちに落ち着いた表情を浮かべており、こちらへ向ける視線にも穏やかなものがあった。
そして、二人の後ろには見覚えのない男がいる。
小柄な体格だったが、肩幅が広く、全身が鍛え上げられているのが分かる。背中には身体の大きさに似合わないほど大きな盾を背負っていた。
「久しぶりだな、レイン」
カイが笑いながら声を掛けてくる。
「お久しぶりです」
レインも頭を下げた。
あの日のことは今でもはっきり覚えている。初めてダンジョンへ潜った時、ミノタウルスに遭遇した。何もできずに追い詰められ、死を覚悟したところを助けてくれたのが、このカイたちだった。
あの時は生き延びることだけで精一杯だったが、今こうして改めて顔を合わせると、助けてもらったことへの感謝が込み上げてくる。
「元気そうで何よりだ」
「はい。あの時は本当にありがとうございました」
「気にするなって。あの状況なら、誰だって助けるさ」
カイはそう言って笑った。
その視線がふとレインの足元へ落ちる。
「……お?」
カイの目が見開かれた。
そこには灰色の毛並みを持ち首にオレンジの布を巻いているダンジョンウルフが座っている。
「増えてるじゃねぇか」
「仲間にしました」
「ダンジョンウルフか。よく仲間にできたな」
カイが感心したようにフェンを見つめる。
エルザも興味深そうに覗き込んだ。
「ずいぶん人に慣れているのね」
「はい。フェンです」
名前を呼ばれたフェンが耳を立てる。
「フェンっていうのか?」
カイがしゃがみ込み、手を伸ばす。
フェンは少しだけ警戒するようにカイを見つめたが、敵意がないことを理解したのか、ゆっくりと近付いていく。
「可愛いですね」
エルザが微笑む。
その言葉を理解したのか、フェンは尻尾を振った。
「お前、本当に犬好きだな」
カイが笑うと、後ろにいた男も小さく息を吐いた。
「まあ、分からなくもないがな」
レインはその男へ視線を向ける。
「こちらの方は?」
「そういや紹介してなかったな」
カイが振り返った。
「こいつはガルム。俺たちの仲間だ」
「ガルムだ。よろしくな」
「レインです。こちらこそよろしくお願いします」
短く挨拶を交わす。
以前会った時にはいなかった人物だった。
「最近のことを聞かせてくれよ」
カイに促され、レインはここ最近の出来事を話していく。
三階層まで進めるようになったこと。フォレストディアを二頭討伐したこと。そして、解体講習を受けたこと。
話を聞きながら、カイたちは時折驚いたような表情を見せた。
「フォレストディアを二頭か。新人にしちゃ、ずいぶん頑張ってるな」
「チビがいたからですよ。それでも……死にかけましたけど」
「死にかけた?」
カイの表情が変わる。
「はい。フォレストディアの角に腹を刺されまして」
「……は?」
カイの顔が固まった。
エルザも目を見開く。
「刺されたって……どこを?」
「腹です」
「生きてるじゃねぇか」
「運が良かったです」
レインが苦笑すると、カイは呆れたように額へ手を当てた。
ガルムも腕を組み、レインの身体を上から下まで眺める。
「新人がする怪我じゃねぇな」
「そうなんですか?」
「普通は、そこまでされる前に逃げる」
ガルムの言葉に、レインは返す言葉を失った。
確かに、言われてみればその通りだった。
「僕もそう思います」
エルザも優しく微笑んだ。
「よく無事でしたね……」
「革鎧が少し逸らしてくれたみたいで」
「それで済んだのが奇跡だな」
レインも否定できない。あの時は本当に死が近かった。少し角度が違えば終わっていた。カイはため息を吐いた。
「まあ、生きてるならいい」
そして今度はリリアを見る。
「回復役がいるのは大きいな」
「本当にそう思います」
レインは即答した。最近の探索が安定している理由の大半はそこにある。擦り傷。打撲。小さな切り傷。そういった蓄積をリリアが消してくれる。だから戦闘能力が落ちない。長時間探索できる。カイも納得したように頷いた。
「パーティの強みってやつだな」
話は自然とダンジョンへ移った。レインが三階層を安定して探索できるようになったと話すと、カイは少し驚いた顔をした。
「もうそこまで行けるのか」
「四階層はまだ見てるだけですけど」
その言葉にカイは笑った。
「十分だ」
「そうですか?」
「新人ならな」
レインは首を傾げる。するとガルムが説明してくれた。
「この辺の冒険者だと、四階層に安定して入れるようになったら新人卒業って言われておる」
「卒業?」
「目安みたいなもんだ」
カイが補足する。
「一階層から三階層までは初心者向けなんだよ」
「四階層から変わる」
その言葉にレインは少し真面目な顔になった。
「どう変わるんですか?」
カイは窓の外を見ながら答えた。
「まず魔物が強くなる」
「それは予想してました」
「あと大型が出始める」
レインは思わずフォレストディアを思い出した。あの突進。あの重量。あの生命力。大型というだけで脅威は跳ね上がる。ガルムが頷く。
「ミノタウルスほどじゃない」
「だがゴブリンや蜘蛛みたいに簡単にはいかなくなる」
「一撃が重い」
「間違えると死ぬ」
馬車の空気が少しだけ引き締まる。エルザが小さく笑った。
「まあ、それでも四階層は冒険者の登竜門みたいなものですよ」
「そこを超えられると一人前って言われます」
レインは静かに頷いた。四階層。まだ挑戦するつもりはない。だが確実に近付いている。少し前まで一階層で苦戦していた自分が、今は三階層を安定して探索できる。チビはレベル10。フェンも仲間になった。装備も更新した。焦る必要はない。だが目標は見えていた。馬車が街へ向かって進む中、レインは窓の外を眺める。四階層。そこを突破できた時。自分は本当に冒険者になれたと言えるのかもしれない。そんなことを考えながら、夕日に染まる街道を見つめていた。




