12 休憩
三階層の探索を始めてから数時間が経ち、レインたちは安全地帯として使われている小部屋へ腰を下ろしていた。魔物の気配が届かないその場所は、探索を続ける冒険者たちにとって貴重な休息の場になっている。レインは荷袋から保存食を取り出した。硬めの黒パンと干し肉、それに少量の干した果実である。豪華とは言えない内容だったが、ダンジョンの中で空腹を満たすには十分だった。
「以前より落ち着いて食事ができるようになりましたね」
リリアが黒パンを小さくちぎりながら微笑む。レインは苦笑しながら頷いた。
「最初の頃は、休憩中も周囲ばかり気にしていましたからね」
「今も気にしていますけど、あの頃ほど余裕がないわけではありません」
確かにその通りだった。三階層へ来るだけでも緊張していた頃に比べれば、今は周囲へ気を配りながらも会話をする余裕がある。それだけ成長しているのだろう。その一方で、チビとフェンはというと、食事を終えたあと仲良くリリアの隣へ陣取っていた。リリアは最初こそ遠慮していたものの、今では当然のように二匹へ手を伸ばしている。
「フェンちゃんは本当に毛並みが綺麗ですね」
柔らかな灰色の毛並みへ指を埋めながら、リリアは満足そうに目を細めた。川で丁寧に洗ったおかげか、以前よりもさらに艶が増している。もともと整った毛並みだったが、今では思わず頬ずりしたくなるほど見事なもふもふだった。
「ウォフ……」
フェンも嫌がる様子はなく、むしろ気持ち良さそうに喉を鳴らしている。その隣では、チビも負けじとリリアの膝へ飛び乗った。
「キュッ」
「あら、チビちゃんもですか?」
チビは当然だと言わんばかりに胸を張る。進化してから毛並みは黒く変化していたが、その手触りは以前よりも滑らかになっていた。ふわふわとした感触が心地良いのか、リリアの手つきも自然と優しくなる。
「チビちゃんも柔らかいですね」
「キュゥ……」
完全にくつろぎきった様子で目を細めるチビを見て、リリアの表情も自然と緩んでいた。
「こうしていると、本当に可愛いですね」
「ウォフ」
「キュッ」
二匹とも褒められていることだけは理解しているらしく、どこか得意げな様子を見せている。レインはそんな光景を眺めながら、干し肉を口へ運んだ。
「リリアさん、ずいぶん楽しそうですね」
その瞬間だった。
「えっ」
リリアの肩がびくりと跳ねる。先ほどまで穏やかだった表情が、見る間に慌ただしくなっていった。
「い、いえ、これは違いますよ?」
「何がですか?」
「その……従魔との交流も大切だと思いまして」
明らかに言い訳だった。リリアはフェンの首元を撫でる手を止めないまま、どこか落ち着かない様子で視線を逸らしている。
「別に悪いことじゃないと思いますけど」
「そ、そういう問題ではなくてですね」
頬がわずかに赤くなっていた。レインは首を傾げる。
「リリアさんって、意外とこういうの好きなんですね」
「ち、違います」
即座に否定するものの、その手はしっかりとチビの背中を撫で続けている。
「ただ、その……毛並みの確認をしていただけです」
「ウォフ」
「キュゥ」
二匹とも満足そうな表情を浮かべていた。どう見ても毛並みの確認だけではない。レインは思わず笑ってしまった。
「分かりました」
「本当に分かっていますか?」
「分かっていますよ」
その返事に納得していない様子だったが、リリアはそれ以上追及しなかった。ただ、しばらくすると再びフェンの耳の後ろへ手を伸ばしている。チビも当然のように膝の上へ戻っていた。
「……少しだけですよ」
誰へ向けた言い訳なのか分からない声で呟きながら、リリアは二匹の毛並みを優しく整える。フェンは心地良さそうに目を閉じ、チビも喉を鳴らすような声を漏らしていた。レインはそんな三人を眺めながら、小さく息を吐く。三階層の探索は危険が多い。強敵と遭遇することもある。それでも、こうして穏やかな時間を過ごせる仲間がいることを、少しだけ嬉しく思った。
「そろそろ行きましょうか」
保存食を片付けながらレインが立ち上がる。リリアは名残惜しそうに手を離した。
「そうですね」
「ウォフ」
「キュッ」
二匹もすぐに立ち上がる。フェンは大きく伸びをし、チビはいつものようにレインの肩へ飛び乗った。束の間の休息を終えたレインたちは、再び三階層の探索へと戻っていった。




