9 少年剣士
翌朝、まだ日が昇りきる前の薄暗い時間帯だったが、レインたちはすでに街門へ向かっていた。今回も迷宮までは乗合馬車を利用する予定であり、歩いて向かうという選択肢もないわけではなかったが、前回実際に試した結果として探索時間を確保できる利点の方が大きいと分かっていたため、今の自分たちにはその方が合っていると判断していた。フェンはレインの隣を静かに歩き、チビはいつものように肩の上へ乗っている。二匹とも驚くほど大人しく、馬車へ乗り込んだ後も騒いだり暴れたりすることはなく、他の乗客へ吠えかかるようなこともなかったため、周囲も特に気にする様子は見せなかった。
「本当に賢いですね」
向かいの席に座ったリリアが微笑みながらそう言うと、レインはフェンの頭を軽く撫でた。
「その辺は助かってますけどね」
フェンは気持ち良さそうに目を細めたが、顔を近付けると微かに獣特有の匂いがした。昨日は森の中をかなり走り回っていたため仕方のないことなのだろうが、さすがにそろそろ一度洗った方が良さそうだった。
「今度ちゃんと洗おうな」
その言葉にフェンが耳をぴくりと動かす。すると肩の上にいたチビまで反応した。
「キュッ」
どこか他人事のような鳴き方だった。
「お前もだからな」
「キュッ!?」
即座に抗議するような声が返ってきたため、リリアが思わず吹き出す。チビは納得できない様子で尻尾を振り回していたが、その姿が余計に可笑しく見えてしまい、レインも苦笑しながら肩を揺らした。そんな他愛のないやり取りを続けているうちに馬車は迷宮前へ到着し、朝日を受けた巨大な石造りの入口が視界へ飛び込んできた。今日も多くの冒険者たちが出入りしており、武器や荷物を抱えた人々が次々と迷宮の中へ消えていく。レインたちもその流れに加わり、一階層へ足を踏み入れた。久しぶりに感じる迷宮特有のひんやりとした空気が肌を撫でる。以前なら入口へ入っただけで緊張していたものだが、二階層や三階層を経験した今となっては、一階層の魔物に対する恐怖はかなり薄れていた。もちろん油断するつもりはない。迷宮ではほんの小さな気の緩みが命取りになることを知っている。それでも以前のように肩へ力が入り続けることはなくなっており、自分たちが少しずつ成長していることを実感しながら通路を進んでいた。そんな時だった。前方から金属がぶつかり合う鋭い音が聞こえてきた。金属がぶつかり合う音と誰かの掛け声が通路の奥から響き、その直後にはゴブリン特有の耳障りな悲鳴も聞こえてくる。レインは自然と足を止めた。慎重に通路の先を覗き込むと、そこには三人組の若い冒険者の姿があった。その顔を見た瞬間、思わず目を見開く。
「ユウ?」
前衛で剣を構えていた少年がこちらへ気付く。
「あっ! レイン兄!」
明るい声が響いた。やはり見間違いではない。ユウだった。その後ろには弓を構えたミアと、杖を握ったノアの姿もある。
「レインさん」
「お久しぶりです」
二人もすぐに気付いて声を掛けてきた。幼い頃から知っている顔だった。昔は自分の後ろをついて回っていた三人だ。それが今では迷宮の中でしっかりと陣形を組み、魔物と戦っている。少し感慨深いものがあった。
「戦闘中だったんだな」
レインがそう言った瞬間だった。残っていたゴブリンが棍棒を振り上げながらユウへ飛び掛かる。だがユウは慌てなかった。踏み込みと同時に剣を振り抜く。
「スラッシュ!」
剣身が淡く光った。次の瞬間、鋭い斬撃がゴブリンの腕を切り裂き、そのまま体勢を崩した相手へ追撃を叩き込む。首元へ深く入った刃によってゴブリンは絶命した。戦闘はあっけなく終わった。
「すごいな」
レインは素直にそう言った。お世辞ではなく本当にそう思った。ユウは少し照れ臭そうに頭を掻く。
「へへっ、最近ようやく安定して使えるようになったんだ」
「いや、それでもすごいよ」
スラッシュ。剣士系統の代表的な戦技スキルであり冒険者なら誰もが知る有名な技だった。単純な能力だからこそ扱う者の技量が出る。少なくとも今のレインには真似できない戦い方だった。
「レイン兄だってすごいじゃん」
「僕はまだまだだよ」
苦笑しながら答えたものの、その言葉には少しだけ本音も混ざっていた。ユウは確実に強くなっている。ミアも落ち着いて周囲を警戒していたし、ノアからは以前より自信のようなものが感じられた。みんな前へ進んでいるのが嬉しかった。昔から知っている三人だからこそ、成長した姿を見るのは素直に誇らしい。だがその一方で、胸の奥が少しだけ重くなる。自分はどうだろう。三人が剣や弓や魔法を磨いて階層を進んでいる間、自分はチビやフェンの育成に時間を使っている。それが間違いだとは思わない。思わないのだが、それでも焦りが完全になくなるわけではなかった。
「レイン兄?」
ユウが不思議そうに首を傾げる。レインは慌てて考えを振り払った。
「いや、本当に成長したなと思って」
その言葉に嘘はなくユウは嬉しそうに笑う。ミアも少しだけ誇らしそうな表情を浮かべた。ノアはいつものように冷静な顔をしていたが、どこか満足そうにも見える。レインは肩の上のチビへ視線を向けた。チビは小さく鳴きながら尻尾を揺らしている。隣ではフェンもこちらを見上げていた。焦る気持ちはある、だがそれでも自分には自分のやるべきことがあった。ユウたちにはユウたちの道があり、自分にはテイマーとして進む道がある。そのことを改めて胸の中で確かめながら、レインは三人へ笑い掛けた。




