1 君の名は
翌朝。朝食を終えたレインは、チビとダンジョンウルフを連れて家を出た。
いつもの待ち合わせ場所でリリアと合流し歩き出した。
今日はすぐにダンジョンへ向かう予定ではなく、まずは冒険者ギルドで済ませておきたい用事があった。新しく仲間になったダンジョンウルフの登録である。昨日は街へ入る際に目印のバンダナを見せて通してもらったものの、正式な登録までは終わっていない。今後も一緒に活動する以上、きちんと手続きを済ませておく必要があった。街道を歩いている途中、リリアが隣を歩くダンジョンウルフへ視線を向けた。朝日に照らされた灰色の毛並みは美しく輝いており、首へ巻かれたオレンジ色のバンダナもよく映えている。
「そういえば、まだ名前が決まっていませんでしたね」
その言葉にレインも思い出したように頷いた。昨日は家族への説明やら何やらで慌ただしく、名前を考える余裕などまったくなかったのである。当のダンジョンウルフも自分の話題だと気付いたらしく、耳をぴくりと動かしながらこちらを見上げてきた。
「確かに必要ですね」
「何か考えている名前はありますか?」
そう聞かれたレインは少し悩む。チビの時は単純だった。小さかったからチビ。それだけである。しかし今回はそう簡単には決まらない。しばらく考えた末に口を開いた。
「グレイとかどうですかね」
「毛色そのままですね」
「じゃあシルバーで」
「さらにそのままです」
即座に却下された。レインは思わず苦笑する。どうやら自分には命名の才能がないらしい。すると今度はリリアが少し考え込んでから口を開いた。
「フェンというのはどうでしょう」
「フェン?」
「昔話に出てくる狼の名前です。強くて賢い狼として語られているので、似合うかなと思って」
レインはその名前を何度か口の中で転がしてみる。響きも悪くない。むしろ想像していたより格好良かった。隣のダンジョンウルフも何となく気に入ったらしく、尻尾をゆっくり振っている。
「フェンでいいか?」
「ウォフ」
短く鳴いたその様子を見る限り、嫌ではなさそうだった。
「じゃあ決まりですね」
リリアが嬉しそうに笑う。しかし肩の上では別の反応を示す者がいた。チビである。どこか不満そうな顔でこちらを見下ろしていた。自分は適当にチビだったのに、新入りだけ格好良い名前を貰ったことが納得できないのかもしれない。
「キュッ」
「お前はチビだろ」
「キュゥ……」
抗議するような鳴き声に、リリアも思わず笑っていた。そんな他愛のない話を続けているうちに、やがて冒険者ギルドへ到着する。朝の時間帯ということもあり、建物の中は比較的落ち着いていた。受付へ向かうと、顔馴染みになりつつある受付嬢がすぐにレインへ気付く。そして後ろに控えるフェンを見て納得したように頷いた。
「新しい従魔ですね」
「はい。正式に登録しておこうと思いまして」
受付嬢は慣れた様子で書類を取り出し、必要事項の記入を始める。名前はフェン。種族はダンジョンウルフ。所有者はレイン。確認作業は驚くほどあっさり終わり、最後に従魔用の金属札が手渡された。小さな札にはギルドの紋章が刻まれており、正式な登録証代わりになるらしい。
「これで登録完了です」
「ありがとうございます」
レインは礼を言いながら金属札を受け取った。これでフェンも正式な従魔として認められたことになる。手続きを終えた後、レインたちはそのままギルド奥の魔導具へ向かった。目的はいつものレベル確認だった。まずはレイン自身から確認する。浮かび上がった文字は以前と変わらない。
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レイン
職業:テイマー
レベル:6
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予想通りだった。続いてフェンを測定する。
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フェン
種族:ダンジョンウルフ
レベル:6
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「6なんですね」
リリアが感心したように呟く。フォレストディアと戦えるだけの実力を考えれば納得できる数字だった。そして最後にチビを抱き上げる。
「お前も測ってみるか」
チビはなぜか誇らしげに胸を張った。魔導具へ触れた瞬間、青白い文字が浮かび上がる。
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チビ
種族:シャドーマウス
レベル:10
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レインは思わず二度見した。何かの見間違いかと思ったが、表示されている数字は変わらない。間違いなく10だった。
「……レベル10?」
思わず声が漏れる。リリアも同じように目を丸くしていた。前回確認した時点で9だったはずである。それだけでも十分異常だった。それなのに、わずかな期間でさらにレベルが上がっている。
「成長速度が早すぎませんか?」
「やっぱりそう思いますよね」
レインは腕を組みながら考え込んだ。普通なのか異常なのか判断できる材料は少ない。しかし少なくともフェンの倍のレベルである。元々は弱いダンジョンラットだったことを考えると、どう考えても普通とは思えなかった。リリアも真剣な表情でチビを見つめている。
「もしかしたら……」
そこまで言って言葉を止めた。周囲には他の冒険者もいる。融合進化の話をここでするわけにはいかなかった。レインも同じことを考えていた。あの異常な進化。あれが関係している可能性は十分にある。しばらく考え込んでいたリリアが、ふと真面目な顔でレインを見る。
「レイン君」
「なんですか?」
「次に進化する時は、できれば私も最初から見ていたいです」
レインは少しだけ目を瞬いた。リリアは困ったように笑う。
「前回は気付いた時には終わっていましたから」
確かにその通りだった。自宅で進化させたため融合する瞬間も、その前後の変化も見ていない。
「もし次があるなら」
リリアはチビを見つめながら静かに続けた。
「今度はちゃんと見届けたいと思ってました」
チビは何を言われているのか分からず、きょとんとした顔で首を傾げていた。その様子にレインは小さく笑う。
「そうですね」
そして自然と革袋へ手を伸ばした。中にはフォレストディアの魔石がある。命懸けで手に入れた貴重な素材だった。さらに巨大蜘蛛から手に入れた魔石や蜘蛛糸も残している。まだ試してはいない。しかし気にならないはずがなかった。もし再び融合進化が起きるのなら。次はどんな姿になるのか。その答えを知る日は、案外そう遠くないのかもしれなかった。




