13 迷子の猟犬
レインは家の前まで戻ってきたところで、思わず足を止めた。隣にはリリアがいる。肩の上にはチビがいる。そして後ろには、新しく仲間になったダンジョンウルフが大人しくついてきていた。ここまでは良かった。問題はこの先だった。
「……どう説明しましょう」
レインが小さく呟くと、リリアも困ったように苦笑した。
「やっぱりそこですよね」
冒険者であることは家族に隠している。当然ながら、ダンジョンで魔物をテイムしたなどと言えるはずがない。しかし、だからといってこのまま連れて帰らないわけにもいかなかった。ダンジョンウルフはレインの顔を見上げる。不安そうに耳が伏せられていた。どうやら自分が話題になっていることだけは察しているらしい。一方でチビは気楽なものだった。肩の上で紺色の小さなマントを揺らしながら、のんびりと尻尾を振っている。完全に他人事だった。レインは額を押さえながら考え込む。考えれば考えるほど良い案は浮かばない。むしろ無理のある言い訳ばかり思いつく。
「拾った犬とか……」
「かなり苦しいですね」
「ですよね」
即座に否定されてしまった。とはいえ、他に説明できる理由もない。ダンジョンウルフは灰色の毛並みをした狼型の魔物だが、知らない人が見れば大型犬に見えなくもない。問題はその体格だった。普通の犬としては少し大きすぎる。それでも今さら引き返すわけにはいかなかった。レインは観念したように息を吐く。
「もう行きましょう」
「なるようになりますよ」
「そうだといいんですけど」
覚悟を決めて玄関の扉を開く。家の中からは夕食の匂いが漂ってきた。どうやら母親が台所に立っているらしい。
「ただいま」
レインが声をかけると、奥から母親が顔を出した。
「おかえ――」
そこまで言ったところで動きが止まる。視線はレインではない。その後ろに立つダンジョンウルフへ向けられていた。しばらく沈黙が続いた。レインの背中を嫌な汗が流れる。やがて母親がゆっくりと口を開いた。
「……その子は?」
「犬です」
「犬なのかい?」
「たぶん」
言った本人ですら自信がなかった。その時、奥の部屋から父親も顔を出した。
「何の話――」
父親も途中で言葉を止める。そしてダンジョンウルフを見て眉を上げた。
「――でかいな」
やはり最初にそこを指摘された。レインは慌てて説明を続ける。
「迷子の猟犬らしくて」
「誰が言ってた?」
「街の人です」
「誰だ?」
「街の人です」
同じ返答しかできなかった。父親はしばらく無言でレインを見つめる。その視線が痛い。どう考えても怪しまれていた。それでも父親はそれ以上追及せず、ダンジョンウルフの前まで歩いていった。ダンジョンウルフは少し身構える。だが逃げたり威嚇したりはしない。父親はその頭を軽く撫でた。大きな手が灰色の毛並みをゆっくりと撫でていく。ダンジョンウルフは戸惑いながらも大人しくしていた。
「噛まないな」
「大丈夫です」
「ふむ」
父親は何度か頷く。しばらく様子を見た後、ようやく警戒を解いたようだった。
「まあ、人に危害を加えないならいいか」
レインは内心で大きく安堵する。どうやら追い返されることはなさそうだった。母親もダンジョンウルフの様子を眺めながら表情を和らげる。
「思ったより賢そうだね」
そう言って手を伸ばすと、ダンジョンウルフは大人しく撫でられた。むしろ少し嬉しそうに尻尾を振っている。その反応を見た母親が笑った。
「案外かわいいじゃないか」
ダンジョンウルフは耳を立てる。褒められたことが分かったらしい。すると肩の上から不満そうな鳴き声が聞こえた。
「キュッ」
チビだった。自分を差し置いて後輩ばかり褒められているのが気に入らないらしい。母親はそんなチビを見て苦笑する。
「もちろんチビもかわいいよ」
そう言いながら頭を撫でると、チビは満足そうに目を細めた。どうやら納得したようだった。その日の夕食は、いつもより少し賑やかだった。テーブルの近くではダンジョンウルフが伏せている。肩の上にはチビが乗っている。二匹とも妙に大人しく、家族の会話を聞いていた。父親は酒を飲みながら苦笑する。
「気付けばずいぶん賑やかになったな」
「そうですね」
レインも自然と笑みを浮かべた。少し前まではチビだけだった。今では頼れる仲間がもう一匹増えている。賑やかになるのも当然だった。ただ、そんな穏やかな時間の中でも、レインの頭から離れないことが一つだけあった。三階層で手に入れた蜘蛛の素材。あの巨大な毒蜘蛛が落とした特別な糸である。まだ使い道は決めていない。それでも、なぜか気になって仕方がなかった。チビの進化に関係している気がしてならないのだ。当のチビはそんなことなど知らず、母親から貰った肉を夢中でかじっている。レインはその小さな背中を眺めながら考える。もし再び進化の条件を満たした時、チビは今度どんな姿へ変わるのだろうか。期待と少しの不安を胸に抱きながら、レインは静かに食卓の時間を過ごしていた。
第四章は以上です
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