# 06 チビのレベル
帰りの乗合馬車が出発する時刻まで、レインたちは三階層の探索を続けていた。今日の目的は無理をすることではない。かといって、早々に切り上げるつもりもなかった。馬車代を払っている以上、使える時間はできる限り活用する。それが二人の出した結論だった。三階層へ降りてからというもの、何度か魔物との戦闘を繰り返している。見つけた素材は回収し、危険だと判断した場所には近付かない。慎重さを保ちながらも、探索そのものは積極的に進めていた。やがて、帰還の時間が近付いてくる。レインは革袋の中身を確認しながら、口紐をしっかりと結び直した。これ以上詰め込めば、移動にも支障が出る。持ち運べる量としても、そろそろ限界だった。
「帰りましょうか」
レインが声を掛けると、リリアも荷物を整えながら頷いた。
「十分な収穫だと思います」
探索を続けたい気持ちがないわけではない。しかし、欲を出しすぎると判断を誤る。特に三階層では、その代償が大きい。だからこそ、余裕を持って引き上げることも大切だった。二人はダンジョンを後にし、森の外れに設けられた馬車の発着場へ向かう。帰還用の乗合馬車には、すでに何人かの利用者が集まっていた。採取帰りらしい者もいれば、護衛依頼を終えたのだろう冒険者の姿もある。レインたちも空いている場所へ腰を下ろした。馬車が動き出すと、荷台は大きく揺れる。決して快適とは言えない乗り心地だった。それでも、徒歩で往復していた頃と比べれば遥かに楽である。チビは最初こそ揺れに落ち着かない様子を見せていたが、しばらくするとレインの膝の上で丸くなった。
「キュ……」
小さな寝息まで聞こえてくる。レインはそんなチビを撫でながら、今日の収支を頭の中で計算していた。馬車代は確かに安くない。以前の自分なら、迷わず徒歩を選んでいただろう。しかし実際に利用してみると、その印象は大きく変わっていた。何より、探索へ使える時間が明らかに増えている。歩いていた頃よりも長くダンジョンへ滞在できるため、結果として回収できる素材の量も増えていた。もちろん、毎回必ず上手くいくとは限らない。空振りの日もあるだろう。それでも、少なくとも三階層を探索するのであれば、馬車の利用には十分な価値がありそうだった。街へ戻った後、レインたちはそのままギルドへ向かった。受付で素材を提出すると、職員が慣れた手つきで査定を進めていく。しばらく待った後、査定票が手渡された。
「前回より少し多いですね」
数字を確認したリリアが、嬉しそうに呟く。レインも内容へ目を通し、小さく頷いた。確かに大儲けと呼べるほどではない。劇的な変化があったわけでもなかった。それでも、確実に利益は増えている。馬車代を差し引いても、手元へ残る額は以前より多かった。そして、レインが本当に価値を感じていたのは別の部分だった。三階層での戦闘経験。新しい魔物との遭遇。探索そのものを通じて得られる知識。それらは、金を払ったからといって手に入るものではない。一つ一つ積み重ねることでしか得られない財産だった。
査定を終えた後、レインはいつものようにギルドホールへ視線を巡らせる。依頼掲示板の前では冒険者たちが次の仕事を探している。受付には報告待ちの列ができていた。酒場の方では、すでに飲み始めている者たちの笑い声も聞こえてくる。そんな光景を眺めていた時だった。
「あ」
レインの口から、小さな声が漏れる。
「どうしました?」
隣のリリアが首を傾げた。
「そういえば……」
レインは膝の上で眠そうにしているチビへ視線を向ける。チビは半分ほど目を閉じたまま、気の抜けた表情を浮かべていた。
「ダンジョンが楽しくて、測るの忘れてました」
「何をですか?」
「チビのレベルです」
その言葉に、リリアも「あっ」と声を上げた。フォレストディアを討伐した日。レイン自身のレベルが上昇したことで、二人ともそちらへ意識を奪われていた。怪我もしていた。解体作業にも追われていた。結果として、チビの確認は完全に頭から抜け落ちていたのである。
「確かに忘れていましたね」
「ですよね」
二人は思わず顔を見合わせた。その様子を見ていたチビは、何の話をしているのか分からないまま首を傾げる。
「キュ?」
レインは苦笑しながら立ち上がった。
「せっかくですし、確認しておきましょう」
「そうですね」
リリアも後に続く。二人はギルドの隅に設置された魔導具の方へ向かった。冒険者の能力確認に用いられる装置だ。登録済みの従魔であれば、その情報も表示できると聞いている。チビはまだ状況を理解していないらしく、レインの肩の上で欠伸をしていた。
「キュゥ……」
眠そうな鳴き声とは対照的に、レインの胸の内には小さな期待が生まれていた。進化を経て、三階層でも活躍しているチビ。もし成長しているのだとしたら、その結果はきっと悪いものではないはずだった。




