01 補強された革鎧
4章始まります
フォレストディアとの死闘を終えてから数日が過ぎていたが、レインたちはすぐにダンジョンへ戻ることはせず、街の周辺で受けられる比較的安全な依頼を中心にこなしながら時間を過ごしていた。
薬草採取や荷運びの手伝い、街道近くへ現れた小型魔物の討伐など、報酬そのものは決して高くない仕事ばかりだったが、その分だけ危険も少なく、傷の治療を優先したい今のレインにはちょうど良かった。
フォレストディアとの戦いで負った傷は見た目以上に深く、戦闘直後こそ興奮で忘れていたものの、翌日になると体を動かすたびに鈍い痛みが走っていた。
リリアの回復魔法によって大事には至らなかったが、無理をすれば傷口が開く可能性もあり、焦って迷宮へ潜るよりは確実に治してから挑むべきだと判断していたのである。
その間もリリアは時間を見つけては回復魔法をかけてくれた。最初のうちは申し訳なさから遠慮しようとしたものの、本人はまるで当然のことのように杖を向けてくるため、途中からは素直に厚意へ甘えることにしていた。
「まだ少し無理すると痛みますね」
「だから無理しないでくださいって言ってるじゃないですか」
呆れたような声に苦笑しながらも、レインは内心では感謝していた。
もし一人だったなら、傷を押して無理に潜っていたかもしれないからだ。
そうして数日が過ぎた頃、修理へ出していた革鎧が完成したという連絡が届いた。
ギルド近くの防具屋へ向かうと、店主は無言のままカウンターへ革鎧を置く。レインは思わず目を見開いた。腹部を深く裂かれていた痕跡はほとんど分からなくなっており、新しい革が丁寧に継ぎ足された上で、元からそういう作りだったかのように自然な仕上がりになっている。それだけではない。
よく見ると腹や脇腹には追加の革板まで縫い付けられており、以前より防御力が高くなっているように見えた。
「綺麗になってる……」
思わず漏れた言葉に、店主は鼻を鳴らす。
「修理だけじゃ面白くねぇからな」
「え?」
「余った端革が残ってたから補強しといた。どうせまた無茶するんだろ」
ぶっきらぼうな言い方だったが、その気遣いは十分伝わった。レインは慌てて頭を下げる。
「ありがとうございます」
「礼なら生き残って返せ」
店主は腕を組んだまま言った。
「次は腹を裂かれる前に逃げろ」
それはなかなか難しい注文だと思いながらも、レインは苦笑しながら頷く。店を出る頃には気持ちも少し軽くなっていた。傷はほぼ治った。装備も戻った。だが現実的な問題も残っている。銀貨が減っているのだ。短剣の購入費用に加え、革鎧の修理代や生活費も重なり、懐事情はかなり厳しくなっていた。ギルド前で待っていたリリアと合流すると、彼女は真っ先に革鎧へ視線を向けた。
「戻ったんですね」
「思った以上に良くなってました」
補強された部分を見せると、リリアは嬉しそうに頷く。
「前より丈夫そうです」
「その代わり財布は軽くなりましたけどね」
そう言うと、リリアは少し困ったように笑った。レインも笑い返したが、本音を言えば冗談では済まない問題だった。安全な依頼だけでは生活はできても装備更新までは難しい。もっと稼がなければならない。そのためには危険を承知で迷宮へ戻る必要があった。自然と視線が向く。ギルドの掲示板ではない。そのさらに先にある迷宮の方角だった。
「行きますか」
短い言葉だったが、リリアはすぐ意味を理解したらしい。
「ダンジョンですね」
レインは静かに頷く。以前潜った時とは状況が違う。レベルも上がった。装備も整い実戦経験も積んだ。もちろん強くなったなどとは思わないが、それでも前回の自分よりは確実に前へ進めている。肩の上ではチビも尻尾を揺らしていた。
「キュッ」
賛成らしい。翌朝、まだ朝露の残る時間帯にレインたちは街を出た。空はよく晴れており、街道を行き交う人影もまばらで、荷車を引く商人たちがのんびりと朝の道を進んでいる。森へ向かう道を歩いているうちに、やがて見慣れた分岐へ辿り着いた。左へ進めば薬草採取で何度も訪れた草原があり、右へ進めばフォレストディアとの死闘があった森へ繋がっている。
そして真っ直ぐ進んだ先にあるのは――迷宮だった。街道の先にある低い丘の裂け目のようなもの。ただ大地にぽっかりと空いた黒い穴と、その周囲に設けられた簡素な柵といつもの受付小屋だけがある。
その姿を見た瞬間、レインは思わず足を止める。前回ここへ来た時のことが自然と脳裏へ浮かんだからだ。ゴブリン一体にも緊張していたこと。通路の先が見えないだけで不安になっていたこと。何が起きても対応できるよう必死に周囲を警戒していたこと。ほんの少し前の出来事のはずなのに、ずいぶん昔のことのように思えた。
「少し懐かしいですね」
隣でリリアが微笑む。どうやら同じことを考えていたらしく、レインもつられて笑った。
「まだそんなに経ってないんですけどね」
それでも、あの頃とは確かに違う。少しだけ経験を積み、少しだけ強くなり、少しだけ前へ進んだ。その積み重ねが今の自分たちをここまで連れてきたのだ。そんな感慨など関係ないと言わんばかりに、チビが肩から飛び降りて入口へ向かって駆け出す。そして途中で振り返ると、早く来いと言いたげに大きく鳴いた。
「キュッ!」
レインは思わず笑いながら短剣の柄を軽く叩く。補強された革鎧に問題はない。傷もほぼ完治して体調も万全であり、準備は整っていた。
「よし」
静かに呟いたレインはリリアと視線を合わせ、小さく頷き合う。そして二人と二匹は、再び迷宮の冷たい闇の中へ足を踏み入れた。
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