20 今日は買いに来ました
前に一度訪れた武器屋は、ギルドから少し外れた通りにある。分厚い木の扉を押すと、鉄と油の匂いが鼻を突いた。壁には剣、槍、短弓、そして見慣れない補助具まで並んでいる。以前はただ眺めるだけだった場所。今は違う。
「おう、また来たか」
奥から出てきた店主がレインを見るなり、低い声で言った。前回と同じ男だった。無精髭に焼けた腕、目だけがやけに鋭い。レインは軽く頭を下げる。
「今日は買いに来ました」
その言葉に、店主の口角がわずかに上がる。
「ほう」
レインはまず自分の短剣を取り出した。すでに何度も使い、刃こぼれも出ている。
「そろそろ限界だと思います」
「だろうな」
店主は一瞥して即答した。そして棚の奥から何本かの短剣を並べる。
「お前みたいな体格なら、軽さ優先だ」
一本を指で弾く。
「これか、こっち。どっちも扱いやすいが――」
リリアが横から覗き込む。
「……バランスが違いますね」
店主はちらりと彼女を見る。
「分かるのか嬢ちゃん」
「少しだけです」
レインは二本を持ち比べた。確かに軽い方は取り回しが良いが、もう一方はわずかに重さがあり、突きの安定感がある。
「……こっちで」
レインは少し重い方を選んだ。店主は鼻を鳴らす。
「悪くねぇ判断だ」
次に店主はレインの革鎧を見るなり、ため息をついた。
「こりゃ直すだけじゃダメだな」
「え?」
「防御が薄すぎる。次やられたら今度は運じゃ済まねぇぞ」
言葉は乱暴だが、冗談ではない。レインは腹の傷を思い出して無言になる。店主は顎で壁を指した。
「盾はやめとけ」
「……やっぱりですか」
「この体格じゃ重さに振り回される」
即答だった。
「じゃあ、どうすれば……」
店主は少しだけ考え、それから奥から一つの籠を持ってくる。中には黒光りする金属の小手があった。ただの金属ではない。表面に甲虫のような硬い光沢がある。
「甲虫系モンスターの殻だ」
店主はそれを指で叩く。コン、と乾いた音がした。
「軽い。硬い。防御と機動のバランスがいい」
リリアが目を細める。
「魔物素材ですね」
「ああ。こいつなら盾より役に立つ」
レインは小手を手に取った。驚くほど軽いのに、安心感がある。
「これ……いいですね」
店主は短く頷いた。
「だろ」
その後、店主は革鎧を一度預かると言った。
「直すついでに補強しとく。今のままだと紙みてぇだからな」
「お願いします」
「防御力上げないと、次は死ぬぞ」
さらりと言われ、レインは苦笑するしかなかった。だが、事実だった。
武器屋の重い扉が、背後でゆっくりと閉じた。レインは肩から力が抜けるのを感じながら、懐の革袋を押さえる。中身はもうほとんど空に近い。さっきまでそこにあった“銀貨の重み”が、今は嘘みたいに軽い。
「……本当に、全部使っちゃいましたね」
リリアが小さく言う。
「ですね」
レインは短く返した。合計、銀貨二十八枚。討伐報酬とこれまでの貯金、全部合わせてようやく届いた額だった。最初は少し余るかと思っていた。だが現実は違う。武器、革鎧の補強、小手の素材加工代まで含めると、ぎりぎりだった。最後の支払いを終えた瞬間、財布の底が完全に空になった時の感覚は、思っていたよりも重かった。ただ、不思議と後悔はなかった。
店の奥で受け取った短剣は、前のものとは明らかに違っていた。重心が安定しており、刃の通りも良い。甲虫系の魔物素材で補強された小手は、腕を動かした時の安心感がまるで違った。
「防御力は、これでやっと最低ラインだな」
店の親父の言葉が頭に残っている。
「冒険者やるならな。攻撃より先に死なねぇ装備にしろ」
容赦のない物言いだったが、妙に納得できた。店を出ると、昼の光が街道に落ちていた。チビは足元で伸びをしている。




