18 帰ってくる
ギルドの掲示板の前で、レインは依頼札を見上げる。「薬草採取」「ゴブリン討伐(小規模)」「荷物運び」。どれも地味だが、確実に金になる。
リリアが隣で言う。
「こういうの、久しぶりですね」
「最初に戻った感じですね」
レインは小さく頷いた。でも違うのは、もう何も分からない新人じゃないということだ。一度命を張って勝った経験がある。その上で、今は“安定を選んでいる”。
チビが掲示板の下で尻尾を振った。
「キュッ」
どれでもいいと言いたげだ。レインは軽く息を吐く。
「じゃあ、数日は地味に稼ぎましょうか」
「賛成です」
その中でレインは一枚の札を指で外した。
「これで」
「森の見回り、ですね」
リリアが読み上げる。低級魔物の痕跡確認と、異常があれば報告するだけの依頼だ。戦闘があっても軽い。報酬も大きくはないが、今はそれでいい。
受付で手続きを済ませながら、レインはふと昔のことを思い出していた。まだギルドに来たばかりの頃、右も左も分からなかった時期。森に入る前、同じ依頼札を前にして迷っていた自分に、受付横の休憩所にいた年配の男が笑いながら言った言葉だ。
――「最初はな、儲けようとすんな」
――「まずは帰ってこい。それだけで上出来だ」
その時は適当に聞き流していた。だが今なら、その意味が分かる。フォレストディアの角が腹をかすめた感触が、まだ身体に残っている。一歩違えば終わっていた戦いだった。
「……まずは帰るだけでいい」
レインは小さく呟いた。リリアが横目で見る。
「何か言いました?」
「いえ。こっちの話です」
チビは二人の会話に興味もなさそうに、掲示板の足元をつついている。依頼を受けた三人は、そのままギルドを出た。朝の街道はまだ人も少ない。森へ向かう道は静かで、足音だけが淡々と響く。
派手な仕事ではない。大きな獲物もいない。それでもレインは分かっていた。こういう日を積み重ねられるかどうかが、先に進めるかどうかだ。チビが前を歩き、時折振り返る。リリアが隣を歩く。レインは短剣の柄に手を添えながら、その背中を見ていた。
「まずは帰る」
もう一度だけ、心の中で繰り返す。それが、あの“おっさん”に教わった最初のルールだった。




