04 薬草採取の競合
翌朝、まだ空が薄暗いうちにレインは目を覚ました。狭い寝室の窓から差し込む光は弱く、隣の部屋からは母親が朝食の準備をする音が聞こえてくる。鍋の蓋が触れ合う音、薪が燃える匂い。見慣れた朝だった。
父は荷運びや建築現場の日雇い仕事で生計を立て、母は洗濯や裁縫の仕事を請け負っている。二人とも真面目に働いていたが、それでも生活は楽ではなかった。冬になれば薪代を心配しなければならず、雨が続けば雨漏りを受ける桶を増やさなければならない。食卓に肉が並ぶことなど滅多になかった。
「今日も倉庫街かい?」
朝食を並べながら母が尋ねる。黒パンと薄い野菜スープ。決して豪華ではないが温かい。
「うん。人手が足りないらしいから」
レインは自然に答えた。嘘を吐くことへの後ろめたさは今でもある。だが冒険者を辞めるつもりはない。家計を助けるためにも稼がなければならなかった。
朝食を終えると家を出る。両親に見送られながら通りを歩き、やがて昨日と同じ隠し場所へ向かった。誰もいない路地裏。木箱。石板。隠してあった革鎧を取り出す。
「今日も頼むぞ」
「キュッ」
チビが元気よく返事をした。装備を整えたレインは都市の南門を抜ける。今日の目的も薬草採取だった。危険を避けながら確実に稼ぐ。それが今のレインにできる最善だ。
しかし、結果から言えば、この日は運が悪かった。いつも採取している薬草地帯には先客がいた。数人組の冒険者パーティーだ。薬草は根こそぎ採られている。
「……遅かったか」
レインは小さく呟いた。別の場所を探す。チビが草むらを走り回るが、見つかるのは状態の悪い薬草ばかりだった。半日歩き回っても成果は乏しい。昼を過ぎた頃には革袋の中身もほとんど増えていなかった。額の汗を拭う。足も重い。
「今日は駄目だな」
「キュ……」
チビも残念そうに耳を伏せる。さらに運の悪いことに、小型魔物の群れまで現れた。戦うほどの相手ではなかったが、回り道を余儀なくされる。時間だけが過ぎていった。
「……ダンジョンラット?」
不意に背後から声をかけられ振り返ると、少し離れた場所に二人組の冒険者が立っている。どうやらこちらを見ていたらしい。
「テイマーか?」
「はい」
男はレインの足元にいるチビを見つめた。
「こいつがテイムモンスターなのか?」
「そうです」
「……ダンジョンラットって、戦えるのか?」
レインは少しだけ言葉に詰まった。
「戦うのは、あまり得意じゃないですね」
「だよなぁ」
男は苦笑する。
「だったら、なんでテイマーなんか選んだんだ?」
「好きで選んだわけじゃないですよ」
「ああ、そうか。テイマーは不遇職だったな」
悪意のない言葉だったがそれでも、レインの胸には小さな棘が刺さったような感覚が残った。
「……でも、こいつは役に立ちます」
レインがそう言うと、男は少し意外そうな顔をした。
「へえ?」
「薬草を見つけるのが得意なんです。」
「なるほどな、でもそれだけできてもな」
それだけ言うと、二人は別の採取場所へ向かっていった。
レインはその背中を見送る。
「……いつか、見返してやろうな」
「キュッ」
夕方、革袋の中には依頼達成に届くかどうかという量しか入っていない。レインは空を見上げた。赤く染まった雲が流れている。
「毎日うまくはいかないか」
そう呟く。冒険者になれば簡単に稼げると思っていたわけではない。だが現実は厳しい。薬草採取は競争が激しく、良い採取場所はすぐに知られてしまう。強い冒険者なら迷宮で大金を稼げるが、今の自分には無理だった。
ギルドへ戻り、どうにか依頼達成分だけ納品する。受け取った報酬は銅貨十数枚。悪くはないが、喜べる額でもなかった。革袋の中でチビが小さく鳴く。レインは苦笑した。
「気にするな。こんな日もある」
チビを撫でる。今日は儲からなかった。だが生きて帰ってきた。それだけでも冒険者としては十分な成果だった。




