13 ルークとエマ
査定が終わるまでには、まだ少し時間が掛かるらしかった。解体場の外へ出たレインは、近くに置かれた長椅子へ腰を下ろした。張り詰めていた緊張が解けた途端、腹部に残る鈍い痛みがじわりと主張し始める。フォレストディアとの戦闘では、一歩間違えれば致命傷になっていたのだ。隣へ腰を下ろしたリリアも、どこか疲れ切ったような表情を浮かべていた。
「今日は本当に大変でしたね」
「ですね……」
フォレストディアとの戦いを思い返すだけで、今でも胃の辺りが重くなる。鋭い角が迫った瞬間の恐怖も、慣れない解体作業の苦労も、枝肉を抱えて街まで戻った疲労も、どれひとつ楽なものではなかった。それでも、あの場を乗り越えたという事実だけは確かに残っている。
そんな二人とは対照的に、チビだけは満足そうにレインの膝の上で丸くなっていた。黒く変わった毛並みを揺らしながら、安心しきった様子で目を細めている。その姿を見ていると、不思議と肩の力が抜けていくようだった。
しばらくして、レインはギルドに設置された魔導具へ手を伸ばした。ひんやりとした感触が掌へ伝わった直後、青白い文字が空中へ浮かび上がる。何度見ても慣れない光景だったが、その結果だけは気になって仕方がない。
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レイン
職業:テイマー
レベル:6
スキル:テイム、融合
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「やっぱり……」
小さく漏れた声には、安堵に近い感情が滲んでいた。フォレストディアとの戦いを終えた後に感じた変化は、勘違いではなかったらしい。リリアも文字を覗き込みながら、嬉しそうに表情を和らげる。
「上がっていましたか?」
「はい、レベル6なっていました」
「おめでとうございます」
劇的に何かが変わるわけではない。それでも、身体の奥には以前とは違う感覚が残っていた。疲労が少し軽くなり、力の入り方にも余裕が生まれている。冒険者という存在は、こうして少しずつ積み重ねながら強くなっていくのだと改めて実感した。
「なあ」
不意に掛けられた声へ振り返ると、そこには見覚えのある少年が立っていた。槍を背負った快活そうな青年と、その隣で弓を抱える落ち着いた少女である。講習会の最中、講師へ臆することなく質問を投げ掛けていた姿を思い出し、レインは小さく目を見開いた。
「あ……」
「講習会にいたよな?」
「いましたね」
言葉を交わしながら、レインはようやく気付いた。講師へ『こういう場合はどうするんだ』と食い下がり、見事に言い返されていたあの少年が、目の前の槍使いだったのだ。当時は名前すら知らなかったが、妙に印象へ残っていた。
「やっぱりか」
青年は納得したように頷くと、解体場の方へ視線を向けた。
「あれ、お前らの獲物?」
「そうです」
「マジか……」
驚きを隠さない反応に、隣の少女が呆れたような視線を向ける。
「そんなに驚くこと?」
「驚くだろ。新人がフォレストディアを狩って帰ってきたんだぞ」
「普通に考えれば、死にかけているだけだと思うけど」
あまりにも率直な言葉に、レインは苦笑するしかなかった。腹部へ残る血痕を見れば、その評価は決して間違っていない。槍の青年も破れた革鎧へ目を向け、何とも言えない表情で頬を掻いた。
「結構やばかった感じか?」
「かなり危なかったです」
「だよなぁ。俺たちなんて一頭見つけた時点で引き返したぞ」
「賢明な判断だと思います」
「おい、そこは否定してくれよ」
思わず笑みが零れるやり取りに、弓の少女も僅かに口元を緩めた。
「私は止めたんだけどね」
「いや、でも勝てそうな気がしたんだって」
「気がしただけで突っ込むから問題なの」
「うるさい」
遠慮のない会話から、二人が長い付き合いであることは容易に想像できた。その距離感を少し羨ましく感じながら、レインは二人のやり取りを眺める。
「俺はルークだ」
青年は槍を軽く持ち上げながら名乗った。
「こっちはエマ」
「よろしく」
「レインです」
「リリアです」
「キュッ」
チビまで自己紹介するように鳴くと、ルークは楽しそうに笑った。
「そのネズミ、講習会の時から気になってたんだよな」
「気になってたんですか?」
「妙に表情豊かじゃないか?」
褒められたと受け取ったのか、チビは胸を張るように尻尾を揺らした。その様子にエマも小さく吹き出す。
「確かに、変に人間くさいわね」
穏やかな空気が流れたところで、解体場の扉が開いた。
「レイン」
査定担当の男に名前を呼ばれ、レインは立ち上がる。リリアと顔を見合わせながら解体場へ向かうと、男は帳面へ目を落としたまま口を開いた。
「フォレストディア二頭、肉と角、それから皮も一応は売り物になるな」
厳しい評価を覚悟していたレインは、思わず背筋を伸ばす。
「買い取り額は銀貨二十二枚だ」
その金額を耳にした瞬間、レインとリリアは揃って目を見開いた。予想していたよりも遥かに高い額だったからだ。
「命懸けだったんだろ」
男は鼻を鳴らしながら帳面を閉じる。
「それくらいにはなるさ」
二人で分ければ銀貨十一枚ずつになる。レインの脳裏へ真っ先に浮かんだのは、武器屋で見た鉄製の短剣だった。あと少し手が届かないという現実に、嬉しさと悔しさが入り混じった感情が込み上げる。
「今回の実績は記録しておきますね」
後からやって来た受付嬢も、資料を片手に微笑んだ。
「昇格条件には届いていませんが、ギルド内での評価はかなり上がっています」
正式な昇格ではない。それでも、努力が形として残るのは素直に嬉しかった。
解体場の入口では、ルークとエマが興味深そうにこちらを見ていた。査定額を聞いたルークは感心したように口笛を吹き、エマも驚いたように目を瞬かせる。
「すげぇな」
「思ったより稼いでるわね」
照れくささを覚えながらも、レインは小さく笑った。少し前まで薬草採取しかできなかった自分たちが、フォレストディアを狩り、解体し、報酬を得ている。決して楽な道ではなかったが、確かに前へ進んでいるのだと実感できた。




