11 二匹目
片目を失ったまま地面に横たわる巨体を見下ろし、レインは大きく息を吐く。戦いは終わった。だが仕事はまだ終わっていない。むしろここからが冒険者の仕事だった。
「やりましょうか」
リリアが袖をまくる。レインも頷いた。傷の痛みは残っている。回復魔法のおかげで動けるようにはなったが、腹に力を入れるたび鈍い痛みが走った。それでも今日の獲物を無駄にはできない。二頭目を放置する選択肢はなかった。
川辺まで引きずってきたフォレストディアを前に、二人は再び解体作業を始めた。一頭目の時より手順は分かっている。どこへ刃を入れるか、どこを切れば皮が剥がしやすいか。講習で習った知識と、先ほどの経験を頼りに少しずつ作業を進める。だが分かっていても楽ではない。皮は厚く、肉は重い。何度も姿勢を変えながら刃を動かすうちに、腕が重くなり始めた。指先も痺れる。剣を振るうのとは違う疲労だった。
「少し待ってください」
リリアが杖を握ると、淡い光がレインを包んだ。身体がふっと軽くなり、筋肉の重さが和らいで疲労が少しだけ薄れていく。支援魔法だった。
「助かります」
「私もやりますから」
リリア自身も皮を押さえたり肉を運んだりと動き回っている。一人では到底終わらなかっただろう。二人で協力しながら作業を続けた。太陽はまだ高い位置にあったが、気付けばかなりの時間が過ぎていた。
ようやく二頭目の解体が終わる。レインはその場へ腰を下ろした。汗で服が張り付き、腕も足も重かった。それでも成果は大きい。二頭分の魔石、立派な角、上質な革、大量の肉。持ち帰れる範囲で価値の高い部位を優先して確保した。しかし全ては無理だった。荷袋はすでに限界まで膨らんでいる。背負うだけでも大変な重さだ。
レインは残された肉を見つめた。惜しい。だが欲張って動けなくなれば意味がない。
「明日の朝、もう一回来ましょう」
「残ってますかね」
「祈るしかないですね」
森には魔物も獣もいる。一晩で荒らされる可能性は高い。それでも何もしないよりはいい。場所は覚えているし、目印になる大木もある。明日確認する価値はあった。
二人は荷物をまとめる。それでも肉は残る。相談の末、一頭分の枝肉をそのまま持ち帰ることにした。当然、背負えない。ロープを巻き付け、引きずるしかない。
「重いですね……」
「重いです……」
二人は顔を見合わせ、そして苦笑する。今日だけで何度同じことを言ったか分からない。ロープを握り、少しずつ歩き始めた。枝肉が地面を擦る音が後ろから続く。森の出口までは長かった。途中で何度も休憩した。肩が痛み、手のひらも擦れて赤くなっている。それでも進む。少しずつ、確実に。
やがて木々の隙間から見慣れた街道が見えた。レインは小さく息を吐く。帰ってきた。その実感だけで少し力が湧いた。夕方が近づき、空は赤く染まり始めている。
街の門をくぐると、行き交う人々が思わず二人へ視線を向けた。荷袋は限界まで膨らみ、その後ろにはフォレストディアの枝肉が引きずられている。新人冒険者とは思えない獲物だった。
「見ろよ」
「フォレストディアじゃないか」
「二頭か?」
そんな声が聞こえる。レインは少しだけ照れくさくなった。だが悪い気分ではない。苦労した分だけ実感がある。
二人はそのままギルドへ向かった。夕暮れの光が石畳を赤く染めている。見慣れた建物が視界に入ると、重い扉の前で立ち止まり、レインは一度だけ深呼吸した。そしてリリアと顔を見合わせる。
「行きましょう」
「はい」
二人は枝肉を引きずりながらギルドの扉を押し開いた。




