09 角の一撃
レインは剣を支えに膝をついた。全身が痛い。腹の傷は熱を持ち、呼吸をするだけでも鈍い痛みが走る。だが、それとは別の感覚があった。体の奥、もっと深い場所から何かが湧き上がってくる。血が巡る感覚、筋肉に力が満ちていく感覚。疲労で重かった手足が少しだけ軽くなる。
「……あ」
思わず声が漏れた。レベルアップだ。豪華な光が降るわけでもない。誰かが祝福してくれるわけでもない。頭の中に鐘が鳴ることもない。それでも分かる。過去に二度経験した。だから間違えようがなかった。体の芯に新しい力が根付くような感覚。冒険者だけが知る成長の実感だった。
「レベル上がったんですか?」
リリアが気付いたように聞く。
「たぶん」
レインは小さく頷いた。
「おめでとうございます」
リリアが微笑む。だがその直後、腹の傷がずきりと痛んだ。現実は変わらない。レベルが上がっても怪我は消えない。
「まず治療です」
リリアが杖を握ると、淡い光が傷口を包み込んだ。温かい。じわじわと痛みが和らいでいく。流れ出ていた血も止まり、裂けていた肉もある程度は塞がった。だが完全ではない。
「これが限界です」
リリアが申し訳なさそうに言う。レインも頷いた。傷は残っている。無理をすればまた開くだろう。それでも歩ける。それだけで十分だった。
「それにしても……」 レインは自分の革鎧へ目を向けた。
フォレストディアの角を受けた場所は大きく裂けている。もし角度が少し違っていたら、もっと深く刺さっていた可能性もある。
「危なかったですね」 リリアも同じ場所を見ながら、小さく呟いた。
「ああ。あれは本当に危なかった」 レインは素直に頷いた。 戦っている最中は、そんなことを考える余裕などなかった。ただ目の前のフォレストディアを倒すことだけを考えていた。 けれど戦いが終わってしまえば、あの角がどれほど危険だったのかを改めて思い知らされる。
「もう少し深かったら、動けなくなっていたかもしれない」
「……そうですね」 リリアの表情が少し曇る。
レインはそんな彼女を見て、慌てて笑った。 「でも、こうして生きてますから」
「そういう問題じゃありません」 少しだけ強い口調で返され、レインは苦笑する。
「すみません」
「謝るくらいなら、次はもっと気を付けてください」
「善処します」
「絶対にですよ」 リリアは念を押すように言った。
レインは苦笑しながら頷く。 そのとき、足元から小さな鳴き声が聞こえた。
「キュッ」 チビだった。
血で汚れた口元を気にすることもなく、レインの足元まで駆け寄ってくる。
そして、何事もなかったかのように顔を上げた。 「……お前」 レインは思わず笑ってしまった。
「やるじゃないか」
「キュッ!」
チビは胸を張るように鳴いた。
フォレストディアの目を潰したのもチビだった。巨大な魔物の注意を引き付け、最後の突進では足元を横切って隙まで作ってくれた。 小さな身体だからこそできた戦い方だった。
「助かったよ」
レインが頭を撫でると、チビは気持ちよさそうに目を細めた。
「本当に、いい相棒ですね」 リリアが笑いながらチビを見る。
「最初は、こんなに戦えるとは思ってませんでした」 レインもチビを見ながら答えた。
最初に契約したときは、ただの弱い魔物だった。自分自身もテイマーとしてどう戦えばいいのか分からず、チビと一緒に試行錯誤するしかなかった。
それでも、ここまで一緒に戦ってきた。 正面から戦えば勝てない相手でも、どうすれば隙を作れるのかを考える。そして、自分一人ではできないことをチビに任せる。
今回もそうだった。
「……少しずつですね」 レインが呟く。
「はい?」
「俺たちも、少しずつ強くなってるんだなって」 リリアは少し考えてから、静かに頷いた。
「そうですね」
チビが二人の足元を行ったり来たりする。
戦いに勝ったからといって、急に何もかも変わるわけではない。 それでも、以前なら倒せなかった魔物を倒すことができた。その事実だけは確かだった。
「次は、もっと上手く戦えるようにしないとな」 レインは立ち上がろうとして、すぐに顔をしかめた。
「……痛っ」
「だから無理しないでください」
「分かってます」 リリアに支えられながら、レインはゆっくりと立ち上がった。
二人は改めて、倒したフォレストディアへ視線を向ける。
「それで……」 リリアが困ったように呟いた。
「これ、どうしましょう?」 レインもフォレストディアの巨体を見上げる。
討伐しただけでは終わらない。 冒険者として依頼をこなした以上、素材を持ち帰って初めて仕事が終わる。
「……解体しましょう」
「そうですね……」
二人は苦笑しながら、フォレストディアの巨体へ近付いていった。




