08 追い込み
レインは歯を食いしばった。腹が痛む。立ち上がるだけで視界が揺れる。だが逃げるわけにはいかない。フォレストディアはまだ生きていた。荒い息を吐きながら地面を蹴る。仲間を失った怒りなのか、赤く血走った目でこちらを睨んでいた。
「レイン君!」
リリアが駆け寄ろうとする。だがレインは首を振った。
「近付かないでください!」
今突進されたらリリアは耐えられない。フォレストディアが前脚で地面を掻く。再び来る。そう理解した瞬間だった。
「チビ!」
小さな相棒が飛び出した。フォレストディアも気付くが、気にしていない。自分より遥かに小さい存在。脅威ではないと思ったのだろう。それが間違いだった。チビは正面から向かわず、フォレストディアの周囲を高速で駆け回る。右、左、また右。視線が振り回され、フォレストディアが苛立ったように首を振る。
その瞬間、チビが跳んだ。小さな体が宙を舞う。狙ったのは首でも足でもない。目だった。
「ギャアアアッ!」
フォレストディアが絶叫する。鋭い前歯が眼球へ突き刺さり、鮮血が飛び散った。チビはすぐに飛び退く。フォレストディアが暴れ、巨大な頭を振り回す。だが片目を潰されたことで距離感を失っていた。
「今だ……!」
レインはふらつきながら立ち上がり、最後の力を振り絞る。フォレストディアはチビを追おうとしており、レインには気付いていない。剣を握り、狙うのは講習で習った場所――顎の下、首の柔らかい部分だった。体重を乗せて突き上げると、刃が深く潜り込み、熱い血が噴き出した。血はレインの顔や腕へ降りかかる。だが倒れない。むしろ暴れ方が激しくなった。剣を引き抜こうとした瞬間、巨大な首が振られる。レインは慌てて飛び退いた。角が目の前を通り過ぎる。あと少し遅ければ今度こそ胴を貫かれていた。
フォレストディアは苦しげな声を上げながら走り回った。血が地面へ飛び散り、赤黒い筋が草原を汚していく。傷口から泡混じりの血が溢れていた。喉を傷付けたのだろう、呼吸をするたびに不気味な音が漏れる。それでも生きていた。生きようとしていた。その生命力の強さにレインは息を呑む。
「まだ……!」
膝が震える。腹の傷も痛む。だがここで逃がせば危険だ。フォレストディアは再び頭を振り上げた。残った片目がこちらを捉え、血に濡れた巨体が最後の力を振り絞って突進してきた。
「チビ!」
「キュッ!」
チビが飛び出す。今度は攻撃せず、フォレストディアの足元を横切った。わずかに体勢が崩れる。その一瞬、レインは前へ出た。両手で剣を握り、狙うのは首筋、大きく露出した傷口だった。
「うおおおおっ!」
全身の力を込めて振り下ろす。刃が肉を裂き、骨に当たる鈍い感触。さらに押し込むと血が噴き出した。フォレストディアの脚が折れ、巨体が大きく揺れる。そして、地面へ崩れ落ちた。
ドサリ、と重い音が響く。しばらく痙攣していた脚もやがて止まった。静寂が戻る。レインはその場に膝をつき、肩で荒く息をしながら、ようやく終わったことを理解した。
チビが駆け寄ってきた。口の周りを血で汚しながら、どこか得意そうな顔をしている。
「……お前」
レインは苦笑した。
「やるじゃないか」
「キュッ!」
胸を張るチビを見て、リリアも思わず笑う。小さな牙では大きな魔物は倒せない。だが急所なら話は別だった。




