07 二頭のフォレストディア
「二頭ですね」
リリアが小声で呟く。本来なら一頭だけを狙いたい。だが見つけた獲物を逃せば次がいつ見つかるか分からない。レインは周囲を見回した。すると近くに倒木があり、さらにその先には細い木々が密集していた。講習で聞いた話を思い出す。大型獣は細い場所を嫌う。角が引っ掛かるからだ。
「リリアさん」
「はい」
「向こうへ回れますか」
レインは回り込み先を指差した。リリアもすぐに意図を理解する。
「追い込みますか」
「ええ」
二人は静かに移動した。チビも音もなく草むらを進む。しばらくして配置が整うと、レインは地面から小石を拾い、一頭の脇へ投げた。
カツッ。
鹿が顔を上げ、警戒したように周囲を見る。そこへチビが飛び出した。
「キュッ!」
突然現れた小動物に鹿が驚き、二頭が同時に走り出した。だが進む先は違った。一頭は開けた場所へ、もう一頭は木々の間へ追い込まれる。レインはそちらを狙った。鹿が角を振ると、案の定、枝に引っ掛かった。一瞬だけ動きが止まる。
「今だ!」
レインが飛び出し、体重を乗せて短剣を首の付け根へ突き込む。鹿が暴れるが、枝と角が絡み動けない。もう一度押し込むと、刃が深く入る。やがて巨体が崩れ落ちた。
「やった……」
思わず息を吐く。講習で教わった通りだった。地形を使えば自分より大きな獲物も狩れる。そう実感した瞬間だった。
後方でリリアの悲鳴が響く。
「レイン君!」
振り返ると、もう一頭だった。逃げたと思っていた鹿が戻ってきていた。仲間を傷付けられた怒りか、猛然と突進してくる。速い。避ける時間がない。レインは反射的に身体を捻ったが、間に合わなかった。
衝撃。鎧が軋み、角が腹へ食い込む感触。息が止まり、体が宙に浮く。次の瞬間、レインは数メートル先まで吹き飛ばされていた。地面を転がり、肺から空気が吐き出される。腹が熱い。視界が揺れる。立ち上がろうとしても力が入らない。
腹部に焼けるような痛みが走った。震える手で触れると、指先が赤く染まる。血だった。レインはゆっくり視線を落とす。革鎧の腹部が大きく裂けていた。角は深くまでは入っていない。だが革を突き破り、腹の肉を抉っていた。鈍い痛みと共に熱いものが傷口から流れ出している。
「ぐっ……」
思わず呻き声が漏れた。もし角度が少し違っていたら。もしあと数センチ深く刺さっていたら。腹を貫かれていたかもしれない。そう考えた瞬間、背筋が冷たくなる。
ボロボロになった革鎧を見て、レインは歯を食いしばった。安物でも無駄ではなかった。革が角をわずかに逸らしてくれたのだろう。それでも、この程度で済んだのは運が良かっただけだった。
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