06 チビの導き
講習を受けた翌日、レインたちは朝早くから森へ向かっていた。街門を抜けたばかりの時間帯で、街道を行く人影もまだ少ない。荷車を引く商人が数人いる程度で、辺りには朝露を含んだ冷たい空気が残っていた。
昨日学んだことが頭の中に残っている。解体の技術、素材の価値、そして獣の探し方。今までは魔物を見つけたら戦うだけだった。だが稼ぐことを考えるなら、それでは足りない。どの獲物を狙うか、どう仕留めるか、どう持ち帰るか。そこまで含めて考える必要がある。森へ入る前から、レインの意識は少し変わっていた。
「今日はフォレストディアですか?」
隣を歩くリリアが尋ねる。
「できれば」
レインは頷いた。前回は偶然見つけた。だが今回は違う。最初から狙っている。フォレストディアの肉はそれなりに売れるし、角も需要がある。皮も状態が良ければ高値になる。今の自分たちにとってはかなり美味しい獲物だった。もっとも、それだけ人気も高い。簡単に見つかるとは限らない。
森へ入ると、まずは昨日教わったことを思い出しながら周囲を観察した。以前なら気にも留めなかった痕跡へ目を向ける。木の幹、草の倒れ方、地面の状態、獣道。講習では「獲物を探す前に、獲物が通った場所を探せ」と教わった。当たり前のようでいて、レインは今までほとんど意識していなかった。目の前に現れるのを待っていただけだ。だが獣はそう都合よく出てこない。特に金になる獲物ほど警戒心が強い。
しばらく歩いたところで、レインは足を止めた。木の根元に残る跡が目に入ったからだ。樹皮が削れている。しかも比較的新しい。講習で見た覚えがあった。角を擦り付けた跡だ。
「これ……」
思わずしゃがみ込む。リリアも隣へ来る。
「昨日の講習で見ましたね」
レインは頷いた。以前なら見逃していただろう。だが今は違う。少しだけだが意味が分かる。獲物は近くを通った。しかも一頭ではないかもしれない。足跡も探してみる。雨上がりの柔らかい土には確かに痕跡が残っていた。それを辿るように森の奥へ、静かに、慎重に進んでいく。まるで狩人になったような気分だった。もっとも、実際の腕前はまだ初心者だ。何度か痕跡を見失い、方向を間違え、結局は遠回りもした。それでも無駄ではなかった。昨日学んだことを一つずつ試している感覚がある。
やがて一時間ほど歩いた頃だった。ふと気付く。チビの様子がおかしい。いつもならレインの近くをうろうろしている。だが今日は違う。少し先へ進んでは振り返り、また進んでは振り返る。まるで付いて来いと言っているようだった。
「チビ?」
呼ぶと、チビは返事をする代わりに再び走った。少し離れた場所で止まり、こちらを見て、また走る。レインは眉をひそめた。偶然だろうか。そう思ったが違う気がした。進化してからチビは以前より賢くなっている。気のせいではない。何かを伝えようとしている。
「行ってみましょう」
リリアも同じ考えだったらしい。二人はチビの後を追った。すると森の景色が少しずつ変わり始めた。背の高い木が増え、下草が少なくなる。そして地面には、先ほどより明確な足跡が残っていた。レインは思わず目を見開く。フォレストディアだ。しかも新しい。かなり新しい。
チビは得意げに尻尾を揺らしている。まるで自分の手柄だと言わんばかりだった。
「もしかして探してくれてたのか?」
そう尋ねると、
「キュッ」
と胸を張るような鳴き声が返ってきた。レインは思わず笑う。完全に理解している。今日は鹿を探している。その目的を察している。それだけでも驚きだった。だが本当に驚くのはその後だった。チビは鼻を動かしながら森の奥へ進む。迷いがない。時折立ち止まるものの、方向を修正して再び歩き出す。その姿は、まるで訓練された猟犬のようだった。レインは自然と感心していた。融合によって得たのは戦闘力だけではないらしい。知能も上がっている。あるいは感覚が鋭くなったのか。どちらにせよ心強かった。
しばらく進んだところで、チビが突然身を伏せた。レインも反射的にしゃがむ。空気が変わった。前方の木々の隙間、その向こうで何かが動いている。朝日を受けて揺れる角、褐色の毛並み。フォレストディアだ。しかも一頭ではない。二頭で草を食んでいた。大きさは馬ほどで、立派な角が頭から伸びている。
レインは息を潜めた。心臓が少し速くなる。前回は偶然だった。今回は違う。自分たちで探し当てた。講習で学んだ知識と、チビの索敵。それらが繋がってここまで来た。まだ狩りは始まっていない。だがレインは既に手応えを感じていた。少しずつだ。本当に少しずつではある。それでも、自分たちは確実に冒険者として成長している。




